江与味
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地理
歴史
町村制の施行に伴い周辺の村と合併し江与味村の大字となった[2]。江与味村は御津郡の最北端に属していたが南側を高い山に阻まれ、郡内の町村との合併が困難であった[3]。そんな中1953年(昭和28年)3月7日、久米郡西川村より江与味村に対して垪和村、倭文西村との合併に参加を求められたため村内で協議を行い、最終的に分村し、大字江与味は旭町に、大字杉谷と粟井谷は新山村に合併することとなった[3]。その後平成の大合併で美咲町の大字となり現在に至る[2]。
地名の由来
昔当地に流行病が流行際に、村人が三伏山に石清水八幡宮を勧請したところ流行病は収束した[4]。この流行病のことをエヤミと呼び、そのエヤミにちなんで江与味と呼ぶようになったと言われている[4]。
