江島杉山神社
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| 江島杉山神社 | |
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鳥居と拝殿 ![]() | |
| 所在地 | 東京都墨田区千歳1-8-2 |
| 位置 | 北緯35度41分28.9秒 東経139度47分33.8秒 / 北緯35.691361度 東経139.792722度座標: 北緯35度41分28.9秒 東経139度47分33.8秒 / 北緯35.691361度 東経139.792722度 |
| 主祭神 | 市杵島比売命(弁財天)、杉山和一総検校 |
| 創建 | 元禄6年(1693年) |
| 別名 | 本所一ツ目弁才天 |
| 地図 | |
1693年(元禄6年)に創建された。鍼の管鍼法の創始者である杉山和一は江戸幕府5代将軍徳川綱吉の病気を治した功により、本所一ツ目の土地が与えられた。杉山は自邸の他に、世界初の視覚障害者教育施設「杉山流鍼治導引稽古所」をこの土地に開設している。また綱吉は、江島弁財天(現・江島神社)への参詣を続ける杉山に配慮し、弁財天を当地に勧請することを許可したのが起源である。江戸時代は「本所一ツ目弁天社」と呼ばれていた[1]。
明治時代になり、幕府からの拝領地だった本所一ツ目の土地は明治政府に接収されたが、弁財天を祀った社殿等は「神社」として接収を免れ「江島神社」に改称した。その後、境内に杉山和一本人を祀る摂末社として「杉山神社」も創建された。1952年(昭和27年)に両社は合祀して「江島杉山神社」に改称した[1]。
境内には、杉山が江の島で修業した岩窟を模造した岩屋が作られている。杉山の没後まもなくに造られたという。また「贈正五位杉山検校頌徳碑」があり、世界唯一の点字による石碑である[2]。
境内には、第二次世界大戦の戦火の焼けあとが残るいちょうの大木もある[3]。
- 江島杉山神社の岩屋洞窟
- 杉山検校頌徳碑
- 江島杉山神社(東京都墨田区)の狛犬(左)
- 江島杉山神社の狛犬(右)
- 江島杉山神社(東京都墨田区)の力石
