渡島大島
北海道、松前郡にある無人島
From Wikipedia, the free encyclopedia
地理
自然
オオミズナギドリの北限の繁殖地であり[3]、日本国指定の天然記念物に指定されている。また、松前矢越道立自然公園の一部にもなっている。しかし、戦前から戦後直後における人間による捕獲や人為的に持ち込まれたネズミやウサギによる被害(ネズミによる食害、ウサギによる巣の占拠、ネズミやウサギによる植物への被害による島の環境の激変)によって、オオミズナギドリの生息数は激減したままである。
島の周囲の漁場は、マグロ・マス・タラ・メバル・イカ・ホッケなどが漁獲され豊かである[4]。
歴史
1741年(寛保元年)8月27日に寛保岳が大噴火した。津波が発生し、対岸の熊石から松前にかけて1,467人の死者を出した。本州の津軽藩(当時の藩主は津軽信著)でも被害が記録されている。全体の死者は合計で2,033人。津波の高さは3mで、佐渡島でも津波が観測されている。この津波は「寛保津波(かんぽうつなみ)」と呼ばれている。津波の原因は、噴火による大規模な山体崩壊によるという説[5]と、火山性地震・低周波地震 (M6.9、Mt8.4)によるという説[6]がある。気象庁は山体崩壊説を採っている[7]。東京大学地震研究所などによる研究では山体崩壊の規模に比べて津波の規模が大きいと考えて地震説が有力としている[8]。その後の周辺海底の調査から山体崩壊が海底に及んでいたことが判明し、さらなる研究が行われている。
1807年~1809年(文化年間)に編纂された『村鑑下組帳』によると松前町の商人が「大嶋場所」や「小嶋場所」を開設し、魚油、フキ、トド肉などを生産していた[9]。
1905年(明治38年)~1909年(明治42年)までの毎夏に、函館の毛皮業者が防寒服や布団の詰め物として羽毛採取のために総計22万羽以上のオオミズナギドリを乱獲した。
1921年(大正10年)、江良町村(現在の松前町江良)の漁民はワカメ採取をはじめ、季節的に島に居住した。1967年(昭和42年)を最後に渡島大島でのワカメ採取は採算割れのために終焉した[10]。

