池野成一郎
日本の学者
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経歴
最後の堺奉行を務めた旗本池野好謙(山城守、通称は勇一郎)の子として、江戸駿河台の屋敷で生まれた。開成学校、大学予備門から帝国大学理科大学植物学科に入学し、1890年(明治23年)に同校を卒業。翌年に帝国大学農科大学助教授に就任、留学先の帝政ドイツなどの大学の教授にも就任[1]。
平瀬作五郎のイチョウの研究に協力し、平瀬は1896年(明治29年)にイチョウの精子を発見した。池野はその傍らソテツの研究でその精子を発見し、1910年(明治43年)に理学博士の学位を受領[2]、1912年(明治45年)に帝国学士院恩賜賞を受賞した。
1927年(昭和2年)に東京帝国大学を依願退官。同年に帝国学士院会員に推薦され、東京帝国大学名誉教授の名称を授与された[3]。
栄典
著書
家族・親族
参考文献
- 上山明博「ソテツの精子の発見者、池野成一郎」『飛翔』富士通,2000年
- 『植物学雑誌』10巻117号、1896年11月