沈遘 (五代)

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沈 遘(しん こう、生年不詳 - 956年)は、五代十国時代官僚は期遠。本貫宋州宋城県

永済県令の沈振の子として生まれた。幼くして父を失い、苦学して弱冠にして進士に及第し、校書郎を初任とした。御史台主簿から監察御史に任じられた。五度異動して金部郎中となり、三司判官をつとめた[1]

後周広順2年(952年)、沈遘は本官のまま知制誥をつとめた。顕徳元年(954年)、世宗柴栄が即位すると、沈遘は翰林学士に抜擢された。顕徳2年(955年)、中書舎人に任じられ、翰林学士をつとめた。顕徳3年(956年)夏、世宗の南征に扈従し、病にかかって帰り、開封府で死去した[1]

脚注

伝記資料

参考文献

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