六代目嵐芳三郎を父に[3]、五代目河原崎国太郎の次女で日本舞踊家の藤間多寿史(女優の松山梨絵)[4]を母に生まれる。弟は七代目嵐芳三郎[3]、長男は六代目嵐市太郎。
女方。前進座の第三世代の筆頭とされる存在で、日本舞踊藤間流の名取(藤間市太郎)としても知られている。
五代目が若き日の五代目坂東玉三郎を指導したことがあるといういきさつから、当代は玉三郎の演技指導も受けている。
- 1968年 初舞台。
- 1977年 五代目嵐市太郎を襲名。
- 1982年 劇団前進座入団。
- 1998年 『於染久松色読販』(お染の七役)で六代目河原崎國太郎を襲名。