河原神社 (清須市)

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所在地 愛知県清須市阿原宮東
位置 北緯35度12分45.63秒 東経136度51分27.35秒 / 北緯35.2126750度 東経136.8575972度 / 35.2126750; 136.8575972 (河原神社 (清須市))座標: 北緯35度12分45.63秒 東経136度51分27.35秒 / 北緯35.2126750度 東経136.8575972度 / 35.2126750; 136.8575972 (河原神社 (清須市))
主祭神 大己貴命
社格 帳内社論社
郷社
八級社
河原神社

拝殿
所在地 愛知県清須市阿原宮東
位置 北緯35度12分45.63秒 東経136度51分27.35秒 / 北緯35.2126750度 東経136.8575972度 / 35.2126750; 136.8575972 (河原神社 (清須市))座標: 北緯35度12分45.63秒 東経136度51分27.35秒 / 北緯35.2126750度 東経136.8575972度 / 35.2126750; 136.8575972 (河原神社 (清須市))
主祭神 大己貴命
社格 帳内社論社
郷社
八級社
創建 不明
本殿の様式 神明造
別名 星の宮
例祭 10月第2土曜日
地図
河原神社の位置(愛知県内)
河原神社
河原神社
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河原神社(かわらじんじゃ)は愛知県清須市阿原にある神社。『尾張国内神名帳』の山田郡「川原神社」に比定されているが、定かではない。

近代

江戸期まで星野宮星大明神と称し、春日井郡阿原村の氏神であった。拝殿の左右に湧き出していた「神眼池」の水は眼病にご利益があるとして参拝者が多くあったと伝わる[1]。「星大明神」の記述がある寛永17年(1640年)のものから明治以降のものを含めて、現在までに22枚の棟札が保存されており[2]、神社の歴史を示す資料となっている。創建年代は不明[1]。主祭神は大己貴命

江戸中期、天野信景によって『尾張国内神名帳』の山田郡「従三位 川原天神」に比定された。天野が当社を川原天神に比定した根拠は所在地が阿原村で、社名と類似していることによる。『張州府志』もこの説を受けて「河原神社は阿原村にあって今は星宮という」としており[1]、『清洲誌』や『尾張名所図会』にも同様の記述がある[1]。ただし、当地は山田郡ではなく古来から春日井郡であった可能性もあり、当社を山田郡内の神社に比定し得るかは定かではない。

1907年明治40年)郷社に列せられた[1]。戦後は十級社とされたが、1953年昭和28年)八級社となった[1]。現在では周辺は宅地化され、神眼池も水槽が残るのみとなっている。1994年平成6年)には近在の八幡社とともに奉賛会が結成され、2000年(平成12年)に修復工事が行なわれた。

建物

拝殿
正確な年代は不詳だが、江戸末期から明治にかけて建築されたと考えられている。妻飾りは南面に「鶴と亀」、北面に「月に兎」の浮き彫り、四隅の頭貫には獏と獅子の彫刻が施されている。1948年(昭和23年)に大改修が行なわれた記録あり[3]
本殿
一間社神明造檜皮葺で1949年(昭和24年)4月に再建された。6尺・5尺で、三方に2尺の縁が設けられている。組勾欄は円柱ヒノキ材仕上げ[3]
祭文殿
1911年(明治44年)3月建立。円柱ヒノキ材で造られており、左右の幅5間2尺(987.4センチ)の中央8尺(242.4センチ)を開けた作り。奥行きは1間(182センチ)[3]

ギャラリー

アクセス

脚注

参考文献

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