尾張名所図会
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尾張藩士で学者の岡田文園と、春日井郡枇杷島にあって枇杷島橋の橋守役を務めていた野口市兵衛家の8代目・野口梅居とが著し、尾張藩士で画家の小田切春江や春江の師に当たる森高雅が挿絵を描いたもので、尾張国八郡の名所が描かれた。全13巻。
天保9年(1838年)から天保12年(1841年)まで約3年をかけて執筆され、天保15年(1844年)2月に前編7巻が刊行されたが、これによって野口家はその財産をほとんど使い果たしてしまったという[1]。このため後編6巻の刊行は明治13年(1880年)、愛知県の資金援助を受けて名古屋の書肆「永楽屋」[1][2]の片野東四郎の手で行なわれた。同誌は愛知県図書館や名古屋市博物館などが収蔵している。
