河合洋
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東京品川生まれ。1959年慶應義塾大学医学部卒、1965年「境界例の力動精神病理学的研究 主として精神療法的観察から」で慶大医学博士。国立小児病院勤務、1969年同精神科医長。かわいクリニック・発達医学研究所所長。NHKラジオ「子供電話相談室」担当。
当時[いつ?]引きこもりは登校拒否と呼ばれ、入院治療が行われていた。その際は、投薬、身体拘束(ベットに縛り付けられること)が行われていた。それに対し、不登校という概念を打ち出し、不登校は病気ではないとの運動を行う。当時、不登校の概念は画期的であり、その後の医療に大きな変化をもたらした。同じ考えを持って行動していた人間に、森下一がいる。河合は非常にユニークな人間であり、診察のスタイルは診療というよりは、人生相談のようであった。慶応義塾大学の同期には、『どくとるマンボウ航海記』を書いた北杜夫がいる。河合洋の言葉を借りると、「診察に出ずになんだか医局の奥でゴソゴソ書いていたらそれが賞を取った」とのことである。お酒と煙草が大好きで診察が終わると、恵比寿でよく飲んでいた。