河村博司
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| 河村 博司 | |
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| 生誕 | 1966年9月17日(59歳) |
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| ジャンル | |
| 職業 | |
| 担当楽器 | ボーカル・ギター・ベース |
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| 共同作業者 |
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| 公式サイト | KawamuraHiroshi Web |
河村 博司(かわむら ひろし、 1966年9月17日 - )は、日本の男性歌手、ギタリスト、ソングライター、ベーシスト、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア。ソウルフラワーユニオンの元メンバー。
1966年 東大阪市に生まれる。父と姉が演歌歌手。[1]ニューミュージックブームに触発され、小学校6年生でギターを始める。
1979年 東大阪市立長瀬中学校入学。同級生に タナカカツキ、ロビン西、多田三洋[2] がいる。
1988年 アマチュアバンド結成。メンバーに後のJITTERIN'JINNのドラマー、入江美由紀がいた。
1991年 ニューエスト・モデルにベーシストとして加入。
1993年 ソウルフラワーユニオンの結成に参加。
1995年 ソウルフラワーモノノケサミットに参加。阪神・淡路大震災の被災地をまわる。
1998年 元 喜納昌吉&チャンプルースのギタリスト平安隆の1stアルバム『かりゆしの月』を中川敬と共同プロデュース。初めてのプロデュース作品となる。
1999年 中川 敬と共作した「青天井のクラウン」が NHKみんなのうたに使用される。
2002年 大阪 梅田の地下街で活動していたストリートユニット CHABA のアルバム『CHABA』をプロデュース。ミキシングも手がける。
2003年 JIGENがベーシストとして加入したのを機にパートをギターに変更。
2005年 交友のあったハシケンのアルバム『青い月』を共同プロデュース。これを機に以降、パートナー的にハシケンのライブ、レコーディングを多数サポート。
2006年 40歳になったのを機に歌手としてソロ活動をスタートする。
2009年 5月21日、ソロ活動に専念するため、ソウルフラワーユニオンを脱退。但しソウルフラワー・モノノケ・サミットには参加。
2010年 ソロ活動と平行して大熊ワタルのジンタらムータや大久保由希のユニットなどにも参加する。
2017年 11月5日、ソロアルバム『よろこびの歌』をリリース。
ディスコグラフィー
代表的な参加作品
ニューエスト・モデル / ソウルフラワーユニオン / ソウルフラワーモノノケサミット
- ソウルフラワーユニオン・オフィシャルHPを参照。
ハシケン
- 2005年 アルバム『青い月』のコ・プロデュース、レコーディング、ミックス、ギターや三線などを担当。
- 2006年 ライブアルバム『Live~the Best of Best』コ・プロデュース、レコーディング、ミックス、ギターを担当。
- 2007年 アルバム『Hug』のコ・プロデュース、レコーディング、ミックス、ギター他 を担当。
CHABA
- 2002年 インディーズ アルバム『CHABA』プロデュース、ギター、ベース、コーラス、エンジニアリング
- 2003年 インディーズ アルバム『KINEMA ROCK YUUGI』プロデュース、ギター、コーラス、エンジニアリング
- 2004年 メジャーデビューミニアルバム『青春キネマ』プロデュース、ベース、ギター、コーラス
- 2005年 セカンドシングル『到来』のカップリング曲のプロデュース、ギター、オルガン
- 2006年 サードシングル『パレード』収録の「ライムライトを走れ」プロデュース、ベース、ギター、コーラス。フルアルバム『アトリエ』一部収録曲プロデュース、ベース、ギター、オルガン
平安隆
- 1998年 アルバム『かりゆしの月』を中川敬と共同プロデュース。ギター、ベース、エンジニアリングなども担当。
桃梨
- 2006年 アルバム『MMNS歌謡祭』ギター、コーラス、エンジニアリング、コ・プロデュースなど
シーサーズ
- 2010年 アルバム『ビリケンさん』ギター、エンジニアリングなど
福岡史朗
- 2010年 アルバム『朝のステーキ』収録「トカゲの尾っぽ切り」「ファッションマフィア」のギターを担当
山上ジュン
- 1999年 サードシングル『トオリアメ』収録「どうしよどにち」プロデュース、ギター