河瀬一治
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1983年、敦賀市議会議員選挙に立候補し初当選[2]。1987年に再選。1991年から福井県議会議員を務める。1995年4月23日[4]、敦賀市長選挙で、5期目を目指した現職の高木孝一を破って当選[5][6]。以後5期連続で当選。敦賀市長就任後、政府からの原子力発電関係の交付金を利用して敦賀きらめき温泉リラ・ポート(温泉施設、建設にはもんじゅの交付金を活用)など、大型の公共事業を推進し市内に豪華な施設を多数建設してきたが、多額の維持費がかかり、財政的な負担が生じているとの批判もある[7]。
2011年4月24日投開票の敦賀市長選挙では、直前に発災した東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故の影響もあり、「原発との共存」を原子力政策として掲げる河瀬に対し、新人3候補が立候補したが、多選批判をかわし次点に約2,500票の差をつけて5選を果たした[3][8]。しかし、市長選は立候補者が多かったわりには盛り上がりを欠き、投票率は70.74%で、過去最低となった[9]。2014年9月、次期市長選挙に立候補せず引退する意向を表明、その際、次期市長には副市長(当時)の塚本勝典が望ましいと述べ、事実上塚本を後継者に指名した[3]。塚本も後継立候補に前向きな姿勢を示していたものの、同年10月、河瀬に対し「一身上の都合」により後継指名を辞退する意向を伝え、河瀬も了承した。塚本の家族が市長選挙立候補に強く反対しており、立候補への環境が整わないためという。塚本は河瀬の任期満了をもって副市長職を退く考えを示した。2015年4月28日に、市長職を退任した。