北海道小樽市出身。小樽中学、北海道帝国大学医学部を卒業。その後、東京帝国大学医学部を経て、札幌医科大学整形外科教授となる。医師から作家に転向した渡辺淳一は、教え子のひとりである。
1950年12月、東北大学より「項中隔石灰症の研究」で医学博士を取得した。
1952年には北海道整肢学院(現北海道立子ども総合医療・療育センター)の初代院長となり[2]、北海道の「肢体不自由児の父」と呼ばれる[3]。北海道内でのポリオ流行後、同疾患による下肢短縮に対する河邨式脚延長術式[4]を開発した。医師活動をする傍ら、詩人としても多くの作品を残したことでも知られる。
2004年3月30日、細菌性肺炎のために死去[5]。86歳没。