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モニュメント

何かを記念したり称えたりするために作られた有形の作品 From Wikipedia, the free encyclopedia

モニュメント (monument) は、記念碑、記念建物、記念館、銅像、慰霊碑、忠魂碑、忠霊塔など、何かを記念したり称えたりするために作られた有形の作品のこと。

モニュメント
戦勝のモニュメントではもっとも有名なエトワール凱旋門

概説

国や地域、事象等の象徴性を示すものや戦争、独立記念日等の事象、集団を祀る象徴的、特徴的場所を示すといった目的があり、形態もピラミッド、凱旋門、銅像、彫刻など多岐にわたる。こうしたモニュメントの存在が都市や街のイメージをつくり、ランドマークともなる。

また貢献度の高い個人を称えるものなどとして、支配者、軍人、聖職者などが、生前の功績をたたえられて没後に立てられたり、あるいは本人が生前に業績を自画自賛して立てたりすることもある。

エジプトのピラミッドのように、農作業のできない雨季の公共事業として、王が自らの墓所として生前に建設させたようなものもある。さらに、戦勝記念碑として建てられた凱旋門、終戦記念碑のようなものもある。そして、近代国民国家の戦争の戦没者を記念・追悼するには、無名戦士の墓、無名戦士の碑、戦没者墓苑、戦没者記念碑などのような記念・追悼施設がある。慰霊碑、忠魂碑、招魂社(護国神社と靖国神社の前身)のようなものは戦没者追悼(=記念)あるいは戦死した軍人を賛美するために作られ、近代国民国家の戦争動員という役割も果たした。

都市の中でのこうしたモニュメントの果たす役割が、時代と共に変化し、また中心的なモニュメントが世代交代するなど、美学からの議論はウィーンの美術史家、ハンス・ゼードルマイヤー(英語版)の『中心の喪失(ドイツ語版)』(1948年)に詳しい。

日本

近代日本最初のモニュメントと考えられているものは、1880年(明治13年)完成の明治紀念之標(日本武尊像、石川県金沢市の兼六園内)である[1]。建立理由は西南の役で戦没した石川県出身の政府軍兵士400余名の慰霊目的である[2]。

建立論争問題

建立がふさわしいものかどうかや、日本の自治体が地方公会計より支出して建立されるものに関して税金の無駄遣いと論争になるケースがある。

主なものは下記の通り。

建立がふさわしいかどうか論争

平成時代

税金の無駄使い論争

平成時代
令和時代

脚注

参考文献

関連項目

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