沼津御用邸
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国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成。
敷地面積は104,402.1平方メートルで[4]、千本松原に連なる広大な松林と駿河湾に面した砂浜の中にある。明治時代、周辺には大山巌や西郷従道、大木喬任など元勲の別荘も存在していた。北北西の方向に富士山が見える風光明媚、かつ温暖な地である。
1945年(昭和20年)7月、沼津大空襲で本邸を焼失し、1969年(昭和44年)12月に廃止され[5]、沼津市へ移管される。そして翌年1970年(昭和45年)7月、残された東附属邸と西附属邸を中心として周囲の緑地と共に、沼津市が沼津御用邸記念公園として開設した。1994年(平成6年)には第125代天皇上皇明仁が行幸した。
現在でも市民などの憩いの公園となっており、また海岸沿いを走る国道414号から近く交通の便も良い。市民らからは公園地域共々「御用邸」と呼ばれて親しまれている。
備考
- 明治中期から昭和初期にかけ、沼津は有数の避寒用途の別荘地であった。政財界要人の別荘地として格別の配慮を受けた結果、東海道本線や国道1号等の交通の便が向上した。これは後の沼津市の発展にも大きく寄与している。
- 昭和天皇は生後70日からの幼少の折、当御用邸で育った。このため思い入れも少なからずあった模様で、即位後も度々訪れていた。沼津市に移管する直前にもお別れのために訪れている。