沼津海軍工廠

From Wikipedia, the free encyclopedia

沼津海軍工廠(ぬまづかいぐんこうしょう)は、かつて静岡県沼津市にあった海軍工廠

国鉄東海道本線沼津駅北側、沼津市と旧駿東郡金岡村の広大な土地に、1943年(昭和18年)6月開設[1]。なおこの開設に伴い当時の沢田・熊堂地区にあった家屋は全戸強制移転させられた[1]

1944年(昭和19年)、金岡村は沼津市に編入され、沼津市の第五地区および金岡地区となる。

市内・県内の中等学校の生徒を含む[2]約20000人の工員が働き、無線部で電波探信儀が航空無線部で航空用無線機が製造されていた。

大東亜戦争太平洋戦争第二次世界大戦終結直後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指示により行われた保有貴金属の調査では、沼津海軍工廠において海軍艦政本部管理の塊が569キログラム保管されていたことが記録されている[3]

跡地

跡地は沼津市に返還され、農地に戻されたが、昭和30年代以降急速に都市化した。

国鉄東海道線の線路に近い現在の双葉町に藤倉電線(現・フジクラ)の工場が進出。リコーも沼津事業所を開設するにあたり現在の本田町で土地を取得した。その後、リコー沼津事業所の土地は一部が東芝テックOKIとの合弁会社エトリアに渡っている。

教育機関では誠恵高等学校桐陽高等学校沼津市立第五中学校が工廠敷地内に開校。建物は東海道線の南側に新たに開校した第一中学校の校舎として移築された[2]

所在地

  • 静岡県沼津市(現・本田町、双葉町)
  • 静岡県駿東郡金岡村(現:沼津市柳町、寿町、五月町、神田町、沼北町、北高島町など)
JR東海道線沼津駅南口から富士急シティバス根方線・富士通線で「沼津郵便局」下車
沼津駅南口から富士急シティバス拓南東線・北小林線で「天神ヶ尾」「沼津学園前」下車
沼津駅南口から東海バス明電舎線で「藤倉電線入口」下車徒歩5分

工廠長

脚注

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI