泉福寺 (板橋区)

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位置 北緯35度46分44.4秒 東経139度38分44.4秒 / 北緯35.779000度 東経139.645667度 / 35.779000; 139.645667 (泉福寺 (板橋区))座標: 北緯35度46分44.4秒 東経139度38分44.4秒 / 北緯35.779000度 東経139.645667度 / 35.779000; 139.645667 (泉福寺 (板橋区))
山号 崇福山[2]
泉福寺
所在地 東京都板橋区赤塚6-39-7[1]
位置 北緯35度46分44.4秒 東経139度38分44.4秒 / 北緯35.779000度 東経139.645667度 / 35.779000; 139.645667 (泉福寺 (板橋区))座標: 北緯35度46分44.4秒 東経139度38分44.4秒 / 北緯35.779000度 東経139.645667度 / 35.779000; 139.645667 (泉福寺 (板橋区))
山号 崇福山[2]
宗派 真言宗智山派
本尊 不動明王[2]
創建年 不詳
中興年 大正11年(1922年
中興 純享和尚
札所等 豊島八十八ヶ所霊場23番札所
文化財 泉福寺十一面観音立像(板橋区指定有形文化財)[1]
法人番号 1011405000509 ウィキデータを編集
泉福寺 (板橋区)の位置(東京都区部内)
泉福寺 (板橋区)
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泉福寺(せんぷくじ)は、東京都板橋区にある真言宗智山派寺院

創建年代は不明である。ただ松月院の大堂にある1340年暦応3年)鋳造の梵鐘(国重要美術品)に「泉福寺」の名があることから、室町時代初頭には既に存在していたものと推測される[3]

長らく寺運衰微の時期が続き、住職不在の時期が多かったため、その後の歴代住職の名などは不明になっている[3]。ただ「明治五年新義真言宗本末一派寺院明細帳」には、1872年明治5年)時点の住職が第47世の「英尊」となっており、明治初期までの歴代住職は47人であることが判明している[4]

1922年大正11年)の純享和尚が着任し、ようやく寺の体制が充実してきた。そのことから当寺では純享和尚を「中興第一世」としている[3]

寺宝等

交通アクセス

脚注

参考文献

外部リンク

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