法華 (名古屋市)
名古屋市中川区の地名
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地理
名古屋市中川区の中央部の南側に位置する。法華一丁目から二丁目は、東に中島新町、北東に中郷、西に高杉町、北西に法華西町、南に西中島、北に中花町に接する。
法華町は町名整理により大部分が他の町名に編入されたため、現在は愛知県道229号八田停車場線の道路用地や庄内用水稲葉地井筋の河川用地にのみ残存している。周囲は法華西町に接する。
字一覧
法華町の小字は以下の通り[1][WEB 5]。消滅した字については背景色 で示す。
| 字 | 字 |
|---|---|
| 大池(おおいけ) | 沖ノ田(おきのた) |
| 折戸(おりと) | 烏畑(からすはた) |
| 河田(かわた) | 光正寺(こうしょうでら) |
| 小寺(こでら) | 杉野(すぎの) |
| 竹島(たけしま) | 堂屋敷(どうやしき) |
| 酉新田(とりしんでん) | 稗味噌(ひえみそ) |
歴史
町名の由来
江戸期の愛知郡法花村を前身とする。『尾張国地名考』によれば、村内に法華宗(日蓮宗)の寺があることに由来するという[2]。さらに『徇行記』には、村内の農民の7割が日蓮宗に帰依しており、村には神社が存在しないと記している[2]。ただし、神社については後に神明社が建立されている[2]。
行政区画の変遷
- 1889年(明治22年)10月1日 - 愛知郡法花村が合併に伴い、同郡一柳村大字法華となる[3]。
- 1906年(明治39年)5月10日 - 合併に伴い、愛知郡荒子村大字法華となる[3]。
- 1921年(大正10年)8月22日 - 合併に伴い、名古屋市南区法華町となる[3]。
- 1937年(昭和12年)10月1日 - 中川区編入に伴い、同区法華町となる[3]。
- 1938年(昭和13年)12月16日 - 一部が昭和橋通に編入される[4]。
- 1944年(昭和19年)6月20日 - 一部が法華西町に編入される[3]。
- 1959年(昭和34年)5月1日 - 一部が打出本町に編入される[3]。
- 1974年(昭和49年)2月23日 - 法華町の一部により、法華一丁目および法華二丁目がそれぞれ成立する[3]。また、一部が高杉町[4]・法華西町[3]・中花町[5]に編入される。
- 1977年(昭和52年)5月1日 - 法華一丁目に中郷町の一部が編入される[3]。
- 1980年(昭和55年)7月20日 - 法華二丁目に高杉町・法華町の各一部が編入される[3]。
- 1982年(昭和57年)5月16日 - 法華一丁目に中島新町の一部、法華二丁目に昭和橋通・中島新町・法華町の各一部がそれぞれ編入される[3]。また、法華町は法華二丁目・中島新町二丁目および中島新町三丁目・中郷五丁目に編入される[3]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 11]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 12]。
| 丁目 | 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|---|
| 法華一丁目 | 全域 | 名古屋市立中島小学校 | 名古屋市立高杉中学校 | 尾張学区 |
| 法華二丁目 | 全域 |
