中郷 (名古屋市)
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中郷 | |
|---|---|
| 北緯35度8分11.56秒 東経136度50分53.34秒 / 北緯35.1365444度 東経136.8481500度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 区 | 中川区 |
| 町名制定[1] | 1977年(昭和52年)5月1日 |
| 面積 | |
| • 合計 | 0.60089183 km2 |
| 人口 | |
| • 合計 | 5,046人 |
| • 密度 | 8,400人/km2 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
454-0921[WEB 3] |
| 市外局番 | 052 (名古屋MA)[WEB 4] |
| ナンバープレート | 名古屋 |
中郷(ちゅうごう)は、愛知県名古屋市中川区の地名。現行行政地名は中郷一丁目から中郷五丁目がある[WEB 1]。住居表示未実施[WEB 5]。
歴史
町名の由来
江戸期の愛知郡中郷村を前身とする。一楊御厨が東郷・中郷・西郷に分かれていたうちの中郷にあたることに由来する[3]。なお、東郷は現在の荒子観音周辺であったことが知られている。西郷には政所があった記録が残るが、正確な領域は不明である。
鎌倉時代の記録が地名の初見で、『玉蘂』1211年(承元5年)条に「尾張国一楊御厨中郷下司」とある。
行政区画の変遷
- 江戸時代 - 愛知郡中郷村として所在[1]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 合併に伴い、愛知郡御厨村大字中郷となる[1]。
- 1906年(明治39年)5月10日 - 合併に伴い、愛知郡荒子村大字中郷となる[1]。
- 1921年(大正10年)8月22日 - 合併に伴い、名古屋市南区中郷町となる[1]。
- 1937年(昭和12年)10月1日 - 中川区編入に伴い、同区中郷町となる[1]。
- 1959年(昭和34年)5月1日 - 一部が打出本町に編入される[1]。
- 1961年(昭和36年)3月28日 - 打出町の一部を編入する[1]。
- 1977年(昭和52年)5月1日 - 中郷一丁目から中郷四丁目が中郷町の一部により、中郷五丁目が中郷町と中島新町の各一部によりそれぞれ成立する[1]。
- 1979年(昭和54年)8月19日 - 中郷三丁目に打出町の一部が編入される[1]。
- 1982年(昭和57年)
- 1984年(昭和59年)11月3日 - 中郷一丁目および中郷二丁目に野田町の一部がそれぞれ編入される[1]。
- 1990年(平成2年)10月 - 雨宮神社境内地の一角に荒子コミュニティセンターが設置される[3]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 10]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 11]。なお、小・中学校は学校選択制度を導入しておらず、番毎で各学校に指定されている。
| 丁目 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 中郷一丁目 | 名古屋市立荒子小学校 | 名古屋市立一柳中学校 | 尾張学区 |
| 中郷二丁目 | |||
| 中郷三丁目 | |||
| 中郷四丁目 | |||
| 中郷五丁目 | 名古屋市立荒子小学校 名古屋市立中島小学校 | 名古屋市立一柳中学校 名古屋市立高杉中学校 |
交通
施設
中郷一丁目
- 1952年(昭和27年)4月に熱田県税事務所より中川区および港区を移管し、尾頭県税事務所として中川区八熊一丁目に置かれた[4]。庁舎が完成したのは翌年3月であったが、以降同地において業務を行ってきた[4]。1973年(昭和48年)7月16日、庁舎の老朽化と業務の多様化に対応するための新庁舎が中郷一丁目に竣工し、同時に荒子県税事務所と改称した[4]。
- 寺脇公園
- 1973年(昭和48年)3月29日供用開始[WEB 12]。
中郷二丁目
- 1973年(昭和48年)3月29日供用開始[WEB 12]。
- 荒子コミュニティセンター[3]
中郷三丁目
- 中郷公園[2]
- 1973年(昭和48年)3月29日供用開始[WEB 12]。
中郷四丁目
- 1973年(昭和48年)3月29日供用開始[WEB 12]。
- 宝珠院
- 名古屋市立一柳中学校(2016年7月)
