1976年、調布リトルリーグの一員として世界選手権に出場[1]、対西ドイツ戦にて完全試合を達成している。当時は同チームの後輩・荒木大輔より優れた投手だったと後に高校、プロでも同僚となる武田一浩が証言している[2]。
明大中野高から、1982年にドラフト外で日本ハムファイターズに入団。1年目は打撃投手などを務め、1983年から選手登録されたが一軍公式戦に出場がないまま、1985年10月に現役を引退。
引退後は、そのまま打撃投手となる。現在は、退団し都内在住の映像制作・企画・出版関連の会社員。出身の調布リトルシニアでコーチを務める。