津留千彰
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1970年代
1975年3月1日の中山第2競走4歳未勝利・シャダイマーシャル(15頭中13着)で初騎乗[1] [2]を果たすが、1年目の同年は10回しか騎乗できず[3]、0勝に終わる[4]。
2年目の1976年に8月14日の函館第6競走4歳未勝利・セブンホープで初勝利[1] [2]を挙げ、同年はこの1勝[4]に終わるが、3年目の1977年には7月23日の新潟で自身初の1日2勝[5]を記録するなど初の2桁勝利となる10勝[4]をマーク。
1978年には2月4日・5日の東京で初の2日連続勝利を記録し、4月15日・16日の中山、9月2日・3日の新潟でも記録[6]。4月9日の中山第8競走5歳以上オープンではカシュウチカラでプレストウコウ・グリーングラスの菊花賞馬2頭に割って入る2着[7]、安田記念では11頭中10番人気のコウチライデンでニッポーキングに6馬身離されるもカネミカサをハナ差抑えての2着[8]に入り、9月3日には初の特別勝ち[6]も挙げるなど、2年連続2桁で10勝[4]をマーク。
1979年からは1桁台が続くが[4]、1980年の札幌記念ではスプレンダーグラスに騎乗し、2着馬プリテイキャストに5馬身離されるもダービー馬ラッキールーラに先着する3着[9]に入った。
1980年代
1981年の北海道3歳ステークスではコウチオウショウでヤマノシラギク・リーゼングロスを抑えて勝利し[10]、重賞初勝利[1]を挙げたと同時に古賀一隆厩舎にも初タイトルをもたらした。
1985年には7年ぶりの2桁となる13勝[4]を挙げ、朝日杯3歳ステークスでは大和田稔厩舎のミヤギオウジャで12頭中12番人気ながらダイシンフブキ・ダイナコスモスに次ぐ4着[11]と健闘。
1986年の京成杯ではミヤギオウジャでニッポーテイオーと共に終始2番手追走も、逃げるダイナフェアリーを捕らえられず、5着同着[12]に終わった。新潟大賞典では12頭中10番人気のベルレンケルで3着[13]に入り、同年には2度目の2年連続2桁で自己最多の14勝[4]をマーク。
1987年には1番人気で単勝4.3倍、最低人気でも35.1倍の支持を集める混戦ぶりであった福島記念で条件戦からコンビを組むミスターブランディ[14]に騎乗し、同型不在の好機に乗じて主導権を握り、重賞初挑戦でも臆さずマイペースを刻んでいく[15]。人気のトチノニシキとホクトヘリオスが馬群の後方に控えたことで前半1000m通過が1分1秒5とペースは一向に上がらず、次第に先行馬優勢の色が濃くなる中で逃げるミスターブランディはじわりじわりとピッチを上げていき、2番手のトウショウユースを引き連れてラストスパートの態勢に持ち込む[15]。津留は「前走の条件戦よりも楽なレース」と思うほど直線に入っても手応えは十分で、後続につけ込む隙を与えぬまま、最後の600mを35秒9でまとめる完璧なレースで待望の重賞初勝利を飾った[15]。
津留は6年ぶりの重賞勝利[1]となり、続く第32回有馬記念では逃げるレジェンドテイオーに競りかけず、2番手に控える展開で予想外のスローペースを演出[16]。直線半ばで同じ1枠のハシケンエルドと共に抜け出すと[17]、16頭中13番人気ながら勝ったメジロデュレンの0秒3差[15]5着[18]と健闘。
1988年に新潟で行われたオールカマーでは16頭中12番人気のミスターブランディで逃げてスズパレードの2着に粘る[14]見せ場を作り[15]、2年ぶりの2桁となる13勝[4]をマーク。
1989年にはミスターブランディでオールカマーをオグリキャップの3着とし、福島記念では3コーナーまくりで[15]オースミシャダイ・プレジデントシチーを抑えて[19]人馬共に同レース2勝目[1]を飾った。
1990年代
1990年にはフィリーズベストでクイーンカップ3着[20]に入り、1991年には3年ぶりの2桁となる13勝[4]、1993年・1994年には7年ぶりの2年連続2桁で11勝[4]をマーク。
1997年6月28日の福島第9競走グラジオラス賞・ケイアイコレクターで最後の勝利[21]を挙げ、同年11月16日の福島第2競走4歳未勝利・ロッチダンス(16頭中6着)[22]を最後に騎乗が無くなり、1998年2月28日付で現役を引退[1]。
騎手成績
脚注
- 1 2 3 4 5 6 “JRAホームページ|データファイル|騎手・調教師データ”. jra.jp. 2024年9月23日閲覧。
- 1 2 “津留千彰のプロフィール”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “津留千彰の近走成績”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “津留千彰の年度別成績”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “抽出[通算 1着レース]|津留千彰の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- 1 2 “抽出[通算 1着レース]|津留千彰の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “5歳以上|1978年4月9日”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “安田記念|1978年6月11日”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “札幌記念|1980年6月29日”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “北海道3歳ステークス|1981年7月26日”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “朝日杯3歳ステークス|1985年12月15日”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “京成杯|1986年1月12日”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “新潟大賞典|1986年5月11日”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- 1 2 “ミスターブランディ (Mr.Brandy)”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 “JRAホームページ|トピックス&コラム|競馬コラム|心に残る名勝負・名場面”. 2008年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年10月26日閲覧。
- ↑ “不当な低評価とアクシデントで生まれた“必然”の勝利 ~メジロデュレンの場合~ - 有馬記念 馬券教本”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “日刊競馬で振り返る名馬 - サクラスターオー(1987年・第32回有馬記念)”. www.nikkankeiba.com. 2025年10月25日閲覧。
- ↑ “有馬記念|1987年12月27日”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “福島記念|1989年11月19日”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “デイリー杯クイーンC|1990年1月28日”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “抽出[通算 1着レース]|津留千彰の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。
- ↑ “津留千彰の近走成績”. netkeiba.com. 2024年9月23日閲覧。