洪亮吉

From Wikipedia, the free encyclopedia

洪亮吉

洪 亮吉(こう りょうきつ、1746年 - 1809年)は、中国代の官僚・思想家。君直稚存。号は北江、晩年は更生と号した。もとの名は常州府陽湖県の出身。本貫徽州府歙県

1790年進士となり、翰林院編修・国史館編纂官・貴州学政を歴任した。1796年に中央に呼び戻されたが、上書が嘉慶帝の怒りにふれ、イリ地方に流された。1800年に赦免された後は、郷里で著作に専念した。

洪亮吉の一生の関心は民衆の労苦の改善にあり、汚職の改善を訴えたことや、鬼神の存在を否定し迷信を排斥したことが有名である。

史学地理学訓詁学にも成果をあげ、また詩人としても知られている。

人口論

著作

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI