1935年に学生だった崔圭夏と結婚し[2]、後に2男1女をもうけた。
崔圭夏とともに質素な生活ぶりで知られ、家政婦を雇わず自らの手で家事を行っていた[3][4]。自宅の湧き水にポンプを設置して手で洗濯をしていた[3]彼女は、総務秘書官に洗濯機を勧められると「手の洗濯も信じることができないのに、どんな機械に任せるの」と話した[4]。また、買ったおかずをこまめに家計簿をつけるなどしていた[3]。
晩年に病気になった彼女を崔圭夏は熱心に看病をし、看病日誌を細かくつけていた[3]。崔圭夏はまた、「私が元気であれば妻の面倒をよく見てあげられる」と自身の健康にも気をつけていた[4]。
洪基は2004年に88歳で死去し、国立大田顯忠院に埋葬された。2年後に後を追った崔圭夏もそこに埋葬された[5]。