浅間前新田
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小字
小字は以下の通り[4]。
- 中曽根(なかそね)
- 上沼悪水落堀(かみぬまあくすいおちぼり)
- 堀向(ほりむこう)
- 道上(みちうえ)
- 道下(みちした)
- 新道下(しんみちした)
- 新々田(しんしんでん)
歴史
江戸期は浅間前新田であり、下総国相馬郡のうち。江戸前期から手賀沼開墾により成立した新田村。寛文年間に開発され、天和2年から手賀沼新田請方の反高場となり、年貢を上納した所のうちと思われ、享保年間には浅間前分と称した。幕府領。村高は、「元禄郷帳」には見えず、「天保郷帳」「旧高旧領」ともに52石余。布佐村との境界沿いに集落を形成。文政7年布瀬村を親浜とする六ヶ村浜組を形成、鳥猟運上を納めた[5]。
年表
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 我孫子市立布佐南小学校 | 我孫子市立布佐中学校 |
施設
- 浅間前自治会集会所