浅香克孝 From Wikipedia, the free encyclopedia 浅香 克孝(あさか こくこう、1856年11月6日(安政3年10月9日[1])- 1914年(大正3年)1月5日[2])は、明治時代の政治家。衆議院議員(6期)。 武蔵国足立郡千住町(東京府南足立郡千住町、東京市足立区を経て現東京都足立区千住地域)に生まれる[1]。生家は豪農として知られた[1]。25歳にして東京府会議員に選出され、同常置委員、郡部会副議長を歴任する[1]。 のち立憲改進党に入党し、1890年(明治23年)7月の第1回衆議院議員総選挙では東京府第11区から出馬し当選[1]。以来第2回、第3回、第5回、第6回、第8回総選挙でも当選し衆議院議員を通算6期務めた[2]。議員在任中は憲政本党の幹部などを務めた[1]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 山崎 1901, 439頁. 1 2 衆議院、参議院 編 1962, 14頁. 参考文献 山崎謙 編『衆議院議員列伝』衆議院議員列伝発行所、1901年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778032。 衆議院、参議院 編『議会制度七十年史 第11』大蔵省印刷局、1962年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3000139。 Related Articles