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浜田省司

日本の政治家 From Wikipedia, the free encyclopedia

浜田 省司(はまだ せいじ、1963年〈昭和38年〉1月23日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。高知県知事(第20代・21代)。無所属[1]。

概要 生年月日, 出生地 ...
濵田 省司
はまだ せいじ
生年月日 (1963-01-23) 1963年1月23日(63歳)
出生地 日本の旗 日本 高知県中村市
(現・四万十市)
出身校 東京大学法学部
前職 国家公務員(自治省)
大阪府副知事
総務省大臣官房総括審議官
現職 高知県知事
所属政党 無所属
配偶者 有
子女 2女
公式サイト 浜田せいじ official site
高知県の旗 第20代・21代 高知県知事(公選)
当選回数 2回
在任期間 2019年12月7日 - 現職
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本来の表記は「浜」が異体字の濵田 省司で、高知県の公式ホームページではこちらの表記が採用されている[2]。

来歴

高知県中村市(現・四万十市)出身[3]。小学4年生のときに高知市に転居。高知市立小高坂小学校、土佐中学校・高等学校卒業。1985年(昭和60年)3月、東京大学法学部卒業。同年4月、自治省に入省。同年7月、京都府庁(地方課・財政課)に配属される[2]。

1991年(平成3年)3月、外務省在サンフランシスコ日本国総領事館に副領事・領事として勤務。1994年(平成7年)5月、福岡県庁に消防防災課長・財政課長として勤務[2]。

2003年(平成15年)4月、島根県総務部長に就任。2014年(平成26年)7月、総務省大臣官房参事官(秘書課担当)に就任。2015年(平成27年)7月、内閣府大臣官房審議官(経済社会システム担当)に就任[2]。

2017年(平成29年)7月11日、大阪府副知事に就任[3]。

2019年(令和元年)7月、大阪府副知事を退任し、総務省大臣官房総括審議官(マイナンバー情報連携、政策企画)に就任。同年8月21日、尾﨑正直知事が任期満了に伴う知事選挙への不出馬を表明。第49回衆議院議員総選挙で高知2区から立候補を目指す意向を示し、後継候補に浜田を指名した[4]。これを受けて8月27日、知事選へ立候補する意向を表明した[5]。同月、総務省を退職。

同年11月24日に行われた高知県知事選挙に無所属(自由民主党・公明党推薦)で立候補。選挙中は尾崎から選挙運動の指導を受けながら、尾崎県政において行われてきた「地産外商」路線の引き継ぎや、更なる経済の活性化、防災体制のソフト面の充実、不登校・ひきこもり・発達障害を持つ児童への支援などを訴えた[6][7][8]。

日本共産党県委員の松本顕治を破り初当選した。12月7日、公選第20代高知県知事に就任[2][9]。

2023年3月1日、再選を目指して高知県知事選挙に立候補する意向を表明した[10]。

同年11月26日に行われた高知県知事選挙に無所属(自由民主党・公明党推薦)で立候補し、再選した[2]。

県政

就任

2019年12月7日付けで高知県知事に就任した浜田は、12月9日に高知県庁に初登庁。県政運営の基本姿勢として、「共感と前進」を掲げた(同日の知事訓示において、尾崎知事のスローガン「対話と実行」の発展形であると語っている[11])。また、ボトムアップで調整型のリーダーシップが持ち味」であると語った[12][8]。

同日、県幹部や職員へ向けて訓示を行った。知事訓示において「その尾﨑県政を継承し、さらに発展させていく」と述べ、高知の活性化のために目指すべき大きな三つの姿として、「活き活きと仕事ができる高知」「住んでいる方々が活き活きと生活ができる高知」「安全安心で便利な県土」を挙げた。ほか、今後の仕事の進め方について透明性・進化・使命・挑戦・想像の5つのキーワードを挙げた[11]。

コロナ禍

2020年1月15日に日本国内で初となる新型コロナウイルスの感染者が確認され[13]、浜田もこれに対応していくこととが直近の課題となった。2月13日には「高知県新型コロナウイルス感染症対策本部」が設置され、同日開催された第1回会議において浜田は、(当時から見ての)現時点でまだ感染症は流行していないという見解を示しながら、冷静な対処と基本的な感染症予防の活動への取り組みをするよう県民に訴えた。ほか、県としても、必要な対策を迅速また的確に行うことができる体制を作っていくとした[14]。

4月30日、新型コロナウイルス対策の財源に充てるため、自身の5月分の給与(109万8千円)を全額カットすると発表した[15]。

脚注

外部リンク

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