浦城城
宮崎県延岡市にある城跡。別名・浦尻城。
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
日向灘に面した南北浦海岸の一部である浦尻湾(浦城湾)の奥にある、南北1500メートル×東西500メートルの「おや鼻」と呼ばれる半島(岬)の標高56メートルの丘陵部を城域とする。浦尻湾の入口部分には、南北方向に長い砂嘴が発達しており、日向灘沖合からはこれに遮られて城の位置する「おや鼻」はもちろん、湾そのものもまったくその存在を知ることができない立地である[2]。
天正6年(1578年)、豊後大友氏による縣侵攻による滅亡時の城主は松田義清といわれる。
築城者およびその年代の詳細は不明であるが、室町時代以来、豊後・瀬戸内海方面とを結ぶ水軍の根拠地であったという。北岸の「矢来場」という地点には、河野越智氏の建立による天文17年(1548年)銘の六地蔵幢(石塔)があり、河野氏系越智水軍の支城であったと考えられている[2]。
