海善寺
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| 海善寺 | |
|---|---|
| 所在地 | 静岡県下田市1-14-18 |
| 位置 | 北緯34度40分34.96秒 東経138度56分30.96秒 / 北緯34.6763778度 東経138.9419333度 |
| 山号 | 富巌山 |
| 院号 | 天気院 |
| 宗旨 | 浄土宗 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建年 | 観応元年(1350年) |
| 開山 | 昭善 |
| 札所等 | 伊豆88遍路第41番札所 |
| 法人番号 | 6080105004387 |
創建年代や寺名の変遷などについては寺伝に依拠するところが多い。
- 1350年(観応元年):真言宗の僧照善が伊豆国賀茂郡縄地村あるいは賀茂郡娼地村に真言宗寺院を建立した。本寺の開山。
- 1589年(天正17年):浄土宗の僧量誉により賀茂郡本郷村字天気に移り、浄土宗寺院として布根山院天気院と称する。
- 1590年(天正18年):現在地に移り、富厳山天気院海善寺と称する。
- 1863年(文久3年):12月、江戸幕府第14代将軍徳川家茂が翔鶴丸で上洛の途中、西風に阻まれて本寺で越年。
- 1869年(明治2年):神子元島灯台が建設の折、英人技師マクヴェインとその護衛県兵の宿舎となる。
- 1959年(昭和34年):火災により本堂焼失、山門は被害を免れる。のち再建。
末寺には下田市中村徳蔵寺、下田市河内重願寺、東京都八丈町宗福寺がある。
下田村は豊臣秀吉による小田原征伐終結後、徳川家康家臣戸田忠次が領主として配置された。忠次は村中央に位置する本寺近辺に陣屋(戸田陣屋、下田陣屋)を設けたと伝わっており、周辺には「殿小路町」という旧町名が存在し、居館跡の存在を窺わせる[1]。このことから、一説には元和年間(1615-1624)伊豆代官竹村九郎右衛門の時、代官屋敷と天気院とで屋敷替えを行い、代官屋敷を天気院跡地に、天気院を戸田氏陣屋跡地に移したとも伝わる。
アクセス
- 伊豆急下田駅から徒歩約5分。