淑安公主

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出生年 崇徳元年4月28日1636年6月1日
没死年 康熙36年12月22日1698年2月2日
実父 孝宗
淑安公主
宗親世
公主
出生年 崇徳元年4月28日1636年6月1日
没死年 康熙36年12月22日1698年2月2日
実父 孝宗
実母 仁宣王后
配偶者 洪得箕
子女 洪致祥
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淑安公主(しゅくあんこうしゅ、スガンコンジュ、숙안공주、崇徳元年4月28日1636年6月1日) - 康熙36年12月22日1698年2月2日))は、李氏朝鮮第17代国王孝宗仁宣王后の娘。第18代国王顕宗の同母姉。第19代国王粛宗の伯母。

1636年6月1日孝宗の次女として誕生。1649年に祖父であった仁祖崩御し、父が即位すると淑安公主に封じられた。1651年、夫の洪得箕(ホン・ドッキ)に降嫁し、夫は益平尉に封じられる[1]

1689年に発生した己巳換局で悪行を犯したとして、息子の洪致祥が処刑されてしまった。息子の仇を取るため、妹の淑明公主と共に、国王の伯母として国政にも関与。己巳換局で廃位された仁顕王后の復位運動にも西人派として協力。1698年、62歳で息を引き取った。

家族

登場作品

脚注

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