深水惣吉
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彦根高等商業学校(現 滋賀大学経済学部)を1927年3月に卒業し、同年4月に宇治川電気(のちの関西電力、山陽電気鉄道)へ入社した。のちに会計畑を歩み、1942年4月に山陽電気鉄道の会計課長、1946年3月に会計部長となる。その後は山陽電気鉄道の経営陣に加わり、1947年10月に取締役、1952年2月に常務取締役、1954年11月に専務取締役へ昇進した[2][3]。
1954年12月、岡村丹二社長の死去を受けて山陽電気鉄道社長に就任。以後、同社の戦後発展期を支えた。社長在任中には、須磨浦ロープウェイの開通や観光施設整備、将来の相互直通運転を見据えた設備改良などに取り組み、山陽電鉄の近代化と沿線開発を推進した。また、鉄道の輸送力増強と神戸高速鉄道への乗り入れに力を入れた[4][5]。
同社の発展に多大の功績をあげて1973年5月からは山陽電気鉄道の会長を務めた[5]。
また、山陽百貨店でも1952年の会社創立時から取締役として経営に参画し、1973年6月からは代表取締役・取締役会長を務めた[6]。
1964年6月に運輸大臣表彰を受け、1966年11月に藍綬褒章を受章し、1976年11月に勲二等瑞宝章を受章[7][8]。
経理出身らしい堅実かつ慎重な経営手腕で知られた一方、必要な投資を着実に進める実行力も備えていた。地味で円満な人格により社内外の信望を集めた[4]。
1982年5月24日に心筋梗塞のために急逝。享年79。葬儀は山陽電気鉄道の社葬として、神戸市須磨区の須磨寺本坊で執り行われた[5][9]。