深谷盛房 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代中期 - 後期生誕 明和4年(1767年)死没 嘉永7年(1854年)別名 通称:政之助、十郎左衛門、式部 凡例深谷 盛房/上杉 盛房時代 江戸時代中期 - 後期生誕 明和4年(1767年)死没 嘉永7年(1854年)別名 通称:政之助、十郎左衛門、式部官位 遠江守幕府 江戸幕府主君 徳川家斉→家慶→家定氏族 深谷上杉氏庶流父母 父:深谷盛朝、母:渡邊美之の娘兄弟 盛牝、男子、盛房妻 安部信成娘子 男子、盛徳テンプレートを表示 深谷 盛房(ふかや もりふさ)は、江戸時代中期から後期にかけての旗本。上杉 盛房(うえすぎ もりふさ)とも呼ばれる。 家系は武蔵国の守護大名上杉氏の傍流である、深谷上杉氏の子孫であった。 明和4年(1767年)、深谷盛朝の三男として誕生した。天明3年(1783年)に長兄の盛牝が早世したため、兄の跡を継いだ。 徳川家斉が将軍を襲封すると、盛房は重用された。寛政9年(1797年)に30歳で小納戸役となり、以後文政2年(1819年)二丸留守居、天保2年(1831年)に京都町奉行を歴任し、さらに天保8年(1837年)に66歳で勘定奉行、弘化元年(1844年)73歳で旗本最高役職とも言われる大目付に、と高齢になっても才を買われて幕府重職を歴任した。 海防掛も兼任し、嘉永6年(1853年)のアメリカ合衆国使節のペリー来訪、いわゆる「黒船来航」時は穏便な方針を主張したとされる。 大目付在任中の嘉永7年(1854年)6月、87歳まで勤めた大目付を老年のために致仕し、間もなく没した。 長子は早世しており、後は別の子の盛徳が継いだ。 登場作品 テレビドラマ 『篤姫』(2008年、NHK大河ドラマ、演:野村信次) Related Articles