清和園
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1972年、日系アメリカ人市民同盟(JACL)がミズーリ植物園に日本庭園を設けることを提案[2]。庭園の建設にはJACLのほか、全米芸術基金(National Endowment for the Arts)、ミズーリ州政府環境局(Missouri Department of Natural Resources)、日本万国博覧会記念協会などからの財政的支援が行われた[2]。完成した庭園は1977年5月にミズーリ植物園に寄贈された。
設計者は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で環境設計と造園の教授であった川名孝一である。川名は1990年に亡くなるまでこの庭園の成長を見守り続けた[2]。
