清川病院

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正式名称 医療法人 徳洲会 清川病院
前身 鎌倉養生院[1]
標榜診療科 内科
呼吸器内科
循環器内科
消化器内科
婦人科
整形外科
リウマチ科
脳神経外科
眼科
リハビリテーション科
放射線科
許可病床数 198床
一般病床:89床
療養病床:109床
清川病院
情報
正式名称 医療法人 徳洲会 清川病院
前身 鎌倉養生院[1]
標榜診療科 内科
呼吸器内科
循環器内科
消化器内科
婦人科
整形外科
リウマチ科
脳神経外科
眼科
リハビリテーション科
放射線科
許可病床数 198床
一般病床:89床
療養病床:109床
開設者 医療法人徳洲会
管理者 清川 まどか(院長)
開設年月日 2022年9月1日
所在地
248-0005
神奈川県鎌倉市小町2-13-7
二次医療圏 横須賀・三浦医療圏
PJ 医療機関
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全景(2026年3月)

清川病院(きよかわびょういん)は、神奈川県鎌倉市にある医療機関である。病床数は198床[2][3]

戦前

1891年明治24年)3月、清川来吉(後の初代鎌倉市長)が鎌倉郡東鎌倉村雪ノ下267番地、本陣大石平左衛門方において養生所を開設した[4]。これが清川病院の始まりである。この養生所は6年後の1897年(明治30年)8月25日、鎌倉町雪ノ下368番地に新築された診療所へと移転した。さらに2年後の1902年(明治35年)7月1日には現在地である鎌倉町雪ノ下366番地に移って、「鎌倉養生院」として診療を開始した[5]。これが病院の創立記念日とされている[1]

1914年大正3年)の6月30日には伝染病棟を新築、伝染病隔離病室(10室)の許可を受けた[6]

戦後

1951年昭和26年)10月5日、当時の県知事から医療法人養生院として財団設立認可を受け、11月1日には登記を完了する。翌1952年1月1日付けで、財団が鎌倉養生院を継承し、1961年(昭和36年)5月1日には「清川病院」へと改称した[6]

1968年(昭和43年)8月31日には、病院敷地内に鎌倉市立伝染病隔離病舎(30床)を新築し、その運営を鎌倉市から委託される[6]

さらに1971年(昭和46年)3月31日付けで、時の大蔵大臣から特定医療法人として承認され(租税特別措置法第67条の2 第1項の規定による)、2年後の1973年(昭和48年)6月28日には鎌倉温泉・養明泉の病院内における利用許可を受ける(温泉法第12条の規定による)。

1984年(昭和59年)9月には超音波検査CT診断の装置を、1993年平成5年)12月にはMRI・高速X線CT・乳房X線撮影装置を導入した。なお、同じ1993年の6月28日には新病棟が開設されている。

90年代後半に入ると、病院は来たる高齢化社会のニーズに備える方針へとシフトしていく。1997年(平成9年)2月21日には療養型病棟25床を開設。これを翌1998年(平成10年)6月には93床に増設し、10月には鎌倉市立伝染病隔離病舎を閉鎖。12月からは訪問診療を本格化させるために、医療スタッフと専用車を常設した。さらに次の年の1999年4月には療養型病棟が109床となり、一般病棟89床を上回った。この頃から、診療・看護・リハビリ・服薬指導を包括する訪問医療体制の強化にいっそう力点を置くようになった。

2000年代

2001年(平成13年)1月には、介護保険制度導入に伴い、介護老人保健施設「かまくらしるばーほーむ」を病院に隣接して開設する。

2003年(平成15年)7月17日、女性診療科を新設。

2022年令和4年)9月1日に医療法人徳洲会と合併し、医療法人徳洲会 清川病院となって今に至る[1]

診療科

指定機関

救急指定病院 保険医療機関
健康保険 社会保険
国民健康保険 労災保険
生活保護 企業検診

[1]

交通

脚注

外部リンク

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