清水哲男

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生年月日 (1938-02-15) 1938年2月15日
没年月日 (2022-03-07) 2022年3月7日(84歳没)
国籍日本の旗 日本
しみず てつお
清水 哲男
生年月日 (1938-02-15) 1938年2月15日
没年月日 (2022-03-07) 2022年3月7日(84歳没)
出身地 東京府東京市中野区鷺宮
国籍 日本の旗 日本
学歴 京都大学文学部哲学科卒
職業 詩人・俳人
活動期間 1963年 - 2022年
清水武夫
兄弟 清水昶(実弟)

清水 哲男(しみず てつお、1938年昭和13年〉2月15日[1] - 2022年令和4年〉3月7日[2])は、日本の詩人

東京府東京市中野区(現在の東京都中野区)鷺宮出身[3]花火研究者の清水武夫は父、詩人の清水昶は弟。

東京都立立川高等学校から、各2年の浪人と留年を経て京都大学文学部哲学科卒業。

京大在学中、大野新らとともに、詩誌『ノッポとチビ』に参加。大学卒業後は、芸術生活社河出書房ダイヤモンド社などで編集者として活躍する。

H氏賞を受賞した『水甕座の水』に収録されていた4篇から発展して成立した『スピーチ・バルーン』は、タイトルがすべて「チャーリー・ブラウン」、「ミッキー・マウス」などマンガキャラクターという当時としては異色の詩集で話題になった。この詩集を含め、彼の詩は決して難解ではないが、切れ味鋭く、深い味わいがある。特に、最後に残る苦味は格別のものがある。1980年頃よりワープロパソコンを導入し、IT方面でも詩壇では先駆的である。

俳句にも造詣が深く、インターネットサイト清水哲男の『増殖する俳句歳時記』を運営。同サイトでは、第1期として1997年7月から2006年6月の10年間、最初の一時期を除き、毎日1句ずつ俳句の鑑賞を書き続けた。2006年8月からは第2期として今井聖今井肖子松下育男土肥あき子八木忠栄三宅やよい中岡毅雄小笠原高志藤嶋務らとともに各人が曜日を担当する形で2016年8月8日まで続いた。2007年より2年間、文學の森社発行の俳句雑誌「俳句界」の編集長も務めた。

また、1979年から12年間に渡りエフエム東京 (TOKYO FM) にて「FMモーニング東京」などの早朝の情報番組パーソナリティを担当した他、コミュニティ放送局むさしのFMでも開局時から8年間パーソナリティを務めた[4]

1950年代の頃から巨人ファン[5]。野球チームの監督をオーナー兼任で務めたことがある[5]。そして初めて書いたスポーツ評も巨人軍についてのことだった[5]

2022年3月7日、腎不全のため東京都新宿区の病院で死去[6]84歳没

一周忌で誕生日でもある2023年2月15日には武蔵野市内で「清水哲男さんを偲ぶ会」が催され、文学やラジオ番組の関係者ら約80人が集まった。3月25日には次女の語りを中心に、長女・鳥越俊太郎ねじめ正一など生前ゆかりのある人の語りや生前の音源、玉置玲央による詩の朗読で構成された特別番組「TOKYO FM 特別番組 清水哲男を偲んで~父の名は詩人」(TOKYO FM)が放送された[7]

受賞歴

著作・出演

脚注

外部リンク

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