済州島のイエメン人難民
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済州島のビザ免除制度
済州島は大韓民国(韓国)本土南端から西南100 km の沖合に位置する面積1,848 km2 の島である[1]。周辺島嶼とともに済州特別自治道を形成し[2]、その人口は2018年時点で658,282 人であった[3]。済州島の基幹産業は伝統的には柑橘の栽培や漁業などの第一次産業であったが、同地域の住民ひとりあたり所得が国内でもっとも低かったことも背景に、1960年代より観光産業振興による格差是正が試みられてきた。1991年には済州道開発特別法にもとづき中央政府からの財政支援を背景とする観光開発が試みられたが、これは1997年のアジア通貨危機により、事実上頓挫した[1]。
通貨危機後の1998年、韓国政府は海外資本の誘致を図って済州国際自由都市計画を策定し、2002年に済州国際自由都市特別法を制定した[1]。同法ではおおむね全ての国家を対象として、外国人がビザなしで30日間済州島に滞在できるようになった[4]。しかし、その後6年間、この制度は道知事または観光協会が招請する5人以上の団体観光客のみに対して適用された(招請確認書制度)[5]。2006年には済州国際自由都市特別法は廃止され、済州特別自治道設置及び国際自由都市造成のための特別法(済州特別法)が制定された[6]。同法にもとづき、済州道は済州特別自治道に改組され、中央政府より出入国管理制度・航空自由運輸権などが移譲された[1]。また、2008年には招請確認書制度が廃止され、個人観光客についてもビザなしでの滞在が許されるようになった[5]。
イエメン内戦の激化と難民の増加

イエメン内戦はイエメン(イエメン共和国)で継続する、イエメン政府とフーシ派の対立を中心とする内戦である。現在のイエメンは1990年に北イエメン(イエメン・アラブ共和国)と南イエメン(イエメン人民民主共和国)の統一によって成立した国家である。北イエメン大統領を経て統一イエメン大統領となったアリー・アブドッラー・サーレハは長期政権を築き、サウジアラビア・アメリカとの関係を強化し、このなかで、サウジアラビアの国教であるワッハーブ派の宣教が強まっていった。また、統一イエメンにおいては、従来北イエメン政治に強い影響力を及ぼしていたハーシド(英語版)・バキール(英語版)両部族連合の力が削がれた。ハーシド・バキールの多くが信仰するシーア派の一派・ザイド派系組織であるフーシ派は、2000年代よりこうした政治的背景から中央政府との武力衝突を繰り返していた[7]。
サーレハは2011年のアラブの春を経て失脚し、アブド・ラッボ・マンスール・ハーディー副大統領がサウジアラビアを後ろ盾として大統領職を継承した。同政変中にイエメン政府は地方部のコントロールを失い、フーシ派はサアダ県など北部3県を掌握した。2015年にはフーシ派はさらに南下し、首都のサナアを陥落させた。新政権に批判的であったサーレハおよび彼を支持する軍部の一派も、フーシ派に合流した。フーシ派はサーレハ支持派の支援を取り付けながら、南部・アデンに退避し、サウジアラビアの支援を得たハーディー政権と戦闘した。しかし、2017年5月には南イエメン分離独立を主張しつつもハーディー政権に協力していた南部運動が、アラブ首長国連邦の支援を取り付けて離反した。また、12月にはサーレハが停戦を求めてサウジアラビアと交渉しようとしたことにより、フーシ派に殺害された[7]。
イエメンでは内戦にともない深刻な人道危機が発生しており、2019年のレポートによれば国民の4分の1が栄養失調状態にある。しかし、国境を接する国がサウジアラビアとオマーンの2カ国のみであり、うちサウジアラビアが内戦に軍事介入していることもあり、国外避難民は比較的少ない[8]。とはいえ、2017年10月末時点で近隣国のオマーン・サウジアラビア・ソマリア・ジブチなどを中心に、およそ19万人が避難している[9]。
経緯
イエメン人難民の流入
済州島に渡ったイエメン難民の多くは、イエメン国民がビザなしで90日滞在できるマレーシアに身を置いていた。しかし、マレーシアは難民の地位に関する条約に加入しておらず、合法的な就労も不可能であった。一方で、韓国は条約に加盟しており、済州島に限ればイエメン人のビザなし滞在が可能であった。2017年12月にエアアジアXがクアラルンプールから済州島への直行便を就航したことが、在マレーシアイエメン人が済州島に渡る契機となった[9]。
2012年から2016年にかけての、イエメン人の済州島への渡航は合計26人にとどまっていた[10]。済州島内にイエメン人の居住者は存在しなかったが、2017年には42人、2018年には500人近くにまで増加した[11]。イエメン人の流入がピークに達したのは2018年5月であり、この月だけで432人のイエメン人が済州島に渡航した。[10]。
社会・政府の反応
韓国は2013年、アジアではじめて難民法を制定した国家であるが[12]、庇護希望者が実際に難民として認められる例も非常に少なかった[12][13]。社会における同法の認知度は低く[14]、多くの国民は難民問題に対して無関心であった。2015年には韓国政府がシリア難民600人に難民認定ないし人道的滞在の許可を出したが、これが韓国社会において問題視されることはなかった[10]。
4月30日、韓国政府は済州島に渡航したイエメン人が韓国本土に移動することを禁じた。さらに、6月1日にはイエメン国籍者に対するビザ免除制度を撤廃した[10]。彼らが通常6か月かかる審査の短縮や移動の自由を訴えたことなどを背景に[15]、メディアにおいて済州島へのイエメン難民流入が報じられるようになると、難民追放を主張する世論が高まった[16]。彼らが韓国社会におけるステレオティピカルな「弱々しい」難民イメージとは異なり、若く健康な男性であることが多かったことなども背景に、済州島のイエメン人難民は「偽装難民」であるとのナラティブが広まった[10]。韓国の世論調査会社・リアルメーターによる7月5日の発表によれば、イエメン難民の受け入れ反対者は全体の53.4 %で、賛成の37.4 %を上回った[9]。また、韓国政府ウェブサイトの国民請願では、難民法の廃止を求める賛同者が71万4,000人に達した。一方で、難民に同情し、住居などを提供する島民も少なくなかった[9]。
韓国政府は通常難民申請後6か月後以降でないと認められない庇護希望者の就労を特例で認め、漁船や養殖場、工事現場などに斡旋した[17]。また、済州出入国管理事務所に従来1人しか設置されていなかったアラビア語通訳者が4人に増員された[10]。12月には済州出入国事務所により庇護希望者の最終報告が出され、庇護希望者484人のうちフーシ派に対して批判的な記事を執筆していた2人に対して難民認定、412人に対して人道的在留許可を出したことを公表した[18]。
その後
韓国政府の発表によれば、2018年12月時点で、初回の難民審査において人道的在留許可を受けた362人のうち251人が島外に、残りの161人[注釈 1]が島内に居住している[14]。2019年には済州島で船員として就労したイエメン人男性と韓国人女性の夫婦により、イエメン料理店の「ワルダレストラン」が開業した[19]。
脚注
注釈
- ↑ 最終報告までに許可された412人を基準として残り161人。
出典
- 1 2 3 4 新井, 直樹 (2013-01). “韓国・済州特別自治道の国際観光戦略”. 都市政策研究 (14): 39–49. ISSN 1880-5493. https://urc.or.jp/wp-content/uploads/2014/03/20130121_ups_14_04_arai.pdf.
- ↑ 温, 琳; 藤田, 依久子; 高, 民定 (2015-03). “韓国済州島における言語景観-観光と言語の観点から”. 千葉大学人文社会科学研究 30: 1–23. ISSN 1883-4744. https://cir.nii.ac.jp/crid/1050288547197096064.
- ↑ “인구총조사 인구(시도/시/군/구)”. KOSIS. 国家データ処. 2026年4月9日閲覧。
- ↑ 유성혜 (2016年9月23日). “韓国・済州島 ビザなし入国の拒否急増=不法滞在や犯罪増加で | 聯合ニュース” (日本語). 聯合ニュース. https://jp.yna.co.kr/view/AJP20160923001000882 2026年4月9日閲覧。
- 1 2 「제주 '무사증 입국제' 외국인 범죄 증가로 존폐 논란」『聯合ニュース』2016年9月20日。2026年4月9日閲覧。
- ↑ “제주특별자치도 설치 및 국제자유도시 조성을 위한 특별법”. law.go.kr. 2026年4月9日閲覧。
- 1 2 松本弘「イエメン内戦―その要因と展開」『アラビア半島の歴史・文化・社会』東京大学中東地域研究センター、2021年、175-194頁。https://park.itc.u-tokyo.ac.jp/UTCMES/wp-content/uploads/2022/01/63a24f9385c68b056ea2d6d62f8471311.pdf。
- ↑ “The road from Yemen: Part 1” (英語). IDMC - Internal Displacement Monitoring Centre. 2026年4月9日閲覧。
- 1 2 3 4 「(世界発2018)イエメン難民、希望探す済州島 申請急増、500人超」『朝日新聞』2018年8月16日。
- 1 2 3 4 5 6 Choi, Eunyoung Christina; Park, Seo Yeon (2020-05-31). “Threatened or Threatening?: Securitization of the Yemeni Asylum Seekers in South Korea”. Asian Journal of Peacebuilding 8 (1): 5–28. doi:10.18588/202005.00a118. http://ipus.snu.ac.kr/eng/wp-content/uploads/sites/2/2020/07/02_EC-Choi-and-SY-Park.pdf.
- ↑ 「'예멘 난민' 올해만 500여명.. 화들짝 놀란 제주」『Daum News』2018年6月18日。2018年6月28日閲覧。
- 1 2 한겨레. “押し寄せる難民…韓国はアジアで初の難民法制定国”. japan.hani.co.kr. ハンギョレ新聞. 2026年4月9日閲覧。
- ↑ Haas, Benjamin (2018年7月12日). “Influx of refugees from Yemen divides South Korean resort island”. the Guardian. 2026年4月9日閲覧。
- 1 2 Yi, Soojeong (2025-12). “Belonging beyond Borders: The Cultural Integration of Yemeni Refugees in Jeju” (英語). Anthropology of the Middle East 20 (2): 7–24. doi:10.3167/ame.2025.200202.
- ↑ 「イエメン難民、済州島に ビザなしで入国、申請500人超」『朝日新聞』2018年7月1日。
- ↑ 한겨레. “済州島に来たイエメン難民500人に立ちはだかるイスラムフォビア”. japan.hani.co.kr. 2026年4月9日閲覧。
- ↑ 「イエメン難民、済州島で苦境、内戦逃れ韓国へ、偏見に悩む」『日本経済新聞』2018年7月12日。
- ↑ 허호준 (2018年12月14日). “제주 예멘인 2명 난민 인정…484명 중 인정률 ‘0.41%’” (朝鮮語). 한겨레. 2026年4月9日閲覧。
- ↑ 한겨레. “尊重から芽生えた愛…イエメン難民と済州島民の“春の誓い””. japan.hani.co.kr. 2026年4月9日閲覧。
