渡津神社
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位置
北緯36度00分03秒 東経133度02分56秒 / 北緯36.00083度 東経133.04889度座標: 北緯36度00分03秒 東経133度02分56秒 / 北緯36.00083度 東経133.04889度
主祭神
五十猛命[1]
| 渡津神社 | |
|---|---|
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渡津神社 遠景 | |
| 所在地 | 島根県隠岐郡知夫村3962[1] |
| 位置 | 北緯36度00分03秒 東経133度02分56秒 / 北緯36.00083度 東経133.04889度座標: 北緯36度00分03秒 東経133度02分56秒 / 北緯36.00083度 東経133.04889度 |
| 主祭神 | 五十猛命[1] |
| 社格等 | 旧無格社[1] |
| 創建 | 不詳[1] |
| 本殿の様式 | 春日造変態[1] |
| 例祭 | 7月18日[1] |
| 地図 | |
創立は不詳であるが[1]、『延喜式神名帳』の「由良比女神社」の項に「元名和多須神」と記載されるのに注目し、かつての由良郷を現在の知夫里島として由良比女神社の移転を主張する説もある[2][注釈 1][注釈 2]。また『延喜式神名帳』にみられる「元名和多須神」を「海神社」の註と解釈し、海神社を当社に比定する『大日本史』などの説もあるが、松浦康麿は否定的に取り扱っている[5]。
『隠岐国神名帳』に「従四位上和田酒明神」、宝暦7年(1757年)の『両島神社書上帖』に「渡津大明神」、元禄16年(1703年)の『島前村々神名記』に「渡津大明神・五十猛神」と記載される[1]。
海上の守護神として漁民からの信仰が厚い[1]。また知夫村の風習「十社参り」で参拝する10社のうちの1社であるが、2003年に「お松橋」が完成して島津島が陸続きになるまでは対岸に賽銭箱が設置されており、そこから遥拝していた[6]。橋の完成後も満潮時など参拝が困難な場合には元の場所から遥拝することがある[7]。
祭神
- 「渡す神」すなわち本土との交通の神である[4]。五十猛命はスサノオの御子神で、父神とともに新羅に降り立って樹種を植え、その後日本列島に渡海してここでもまた種をまいたという[8]。命が知夫村を訪れた際の船が「船島」に、碇が「錨島」に、笠が「笠島」になったといわれる[9]。
なお、渡須大明神は女神として表現され、由良姫社といわれることもあった[4]。この女神は天佐志比古命と結婚したが、のちに離縁したという伝説がある[9]。渡津の神が出産に使ったのが「さえ川/産井(さんやがわ)」、「笠島」、「桶島」だという[9]。また天佐志比古命と離縁させられた渡津の神が島津島まで来たが、風向きが悪く出航できずにいた時、船が「船島」に、碇が「錨島」に、笠が「笠島」になったという伝説もある[9]。
