会計検査院長・渡邊昇の長男として生まれる[1][3]。父の死去に伴い、1913年(大正2年)12月10日、子爵を襲爵した[1][3][4]。
1915年(大正4年)慶應義塾大学部法律科を卒業[3]。1921年(大正10年)大日本武徳会商議員に就任した[2]。
1924年(大正13年)3月8日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[5][6]、研究会に所属して活動し死去するまで3期在任した[2]。
1933年(昭和8年)に七郎が没した後は、長男の武宣が襲爵。さらに1938年(昭和13年)に武宣が没すると、弟の武治が襲爵した[7]。