渡辺喜八郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1922年2月10日[1]死没 (2006-11-26) 2006年11月26日(84歳没)[2]職業 実業家馬主肩書き 一般社団法人東京都トラック協会 元常任理事一般社団法人東京馬主協会 元副会長理事[2]わたなべ きはちろう 渡辺 喜八郎生誕 1922年2月10日[1]死没 (2006-11-26) 2006年11月26日(84歳没)[2]職業 実業家馬主肩書き 一般社団法人東京都トラック協会 元常任理事一般社団法人東京馬主協会 元副会長理事[2]子供 渡邊隆(長男)[2]テンプレートを表示 渡邊 喜八郎(わたなべ きはちろう、1922年2月10日 - 2006年11月26日)は、日本の実業家、馬主。物流業・運輸業を手掛ける東江運輸株式会社の創業者[3]。馬主登録上の表記は渡辺 喜八郎。 1951年11月1日、東京都江東区に[4]東江運輸株式会社を創業、以降運輸・物流業に従事した。 2006年11月26日、胃がんのため死去[2]。84歳没。 馬主活動 渡辺の勝負服 日本中央競馬会(JRA)に登録していた馬主として知られた。勝負服の柄は黄、緑一本輪、袖緑三本輪、冠名には「トウコウ」を用いたが、冠名のない所有馬もいる。なお、同じく馬主である長男の渡邊隆は、当時は黄、青一本輪、赤袖[注 1]の柄の勝負服を使用し、冠名も用いなかった。 来歴 1968年 - 馬主資格取得[5]。その後初めて所有したイズミトウコウが計7勝を挙げた[5]。 1972年 - ノボルトウコウがスプリンターズステークスを制し、重賞初制覇。 1974年 - トウコウエルザが優駿牝馬を制し、八大競走初制覇。 主な所有馬 八大競走優勝馬 トウコウエルザ(1974年優駿牝馬、クイーンステークス、ビクトリアカップ、1975年天皇賞・秋3着) プレストウコウ(1977年NHK杯、京都新聞杯、セントライト記念、菊花賞、1978年毎日王冠、天皇賞・秋2着) 重賞競走優勝馬 ノボルトウコウ(1972年スプリンターズステークス、1974年小倉大賞典、関屋記念、福島記念、1975年七夕賞) ホスピタリテイ(1981年青雲賞、1982年セントライト記念、京浜盃、黒潮盃、羽田盃) キリノトウコウ(1987年クリスタルカップ) アイビートウコウ(1989年ダービー卿チャレンジトロフィー) ワカタイショウ(1990年中山大障害・秋) 脚注 [脚注の使い方] 注釈 ↑ 現在は青、白襷に変更している。 出典 ↑ 『現代物故者事典2006~2008』(日外アソシエーツ、2009年)p.701 1 2 3 4 “プレストウコウの馬主、渡辺喜八郎氏が死去”. netkeiba.com. ネットドリーマーズ (2006年11月28日). 2023年2月23日閲覧。 ↑ “未来に語り継ぎたい名馬物語(10) レーティング134ポンドは世界的名馬の証 エルコンドルパサーの功績”. 優駿 Official web Site. 今月の立ち読み. 中央競馬ピーアール・センター. 2019年9月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月31日閲覧。 ↑ “東江運輸”. 東江グループ. 2023年2月23日閲覧。 1 2 江面弘也 (2022年10月30日). “「取材者としては失格」サイレンススズカ“あの悲劇の天皇賞・秋”を現地観戦していた記者が“無くした記憶”「スズカだけのレースではない…」”. Sports Graphic Number Web. 文藝春秋. 2023年2月23日閲覧。 Related Articles