渡部敏弘
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東映東京撮影所で活躍した後、1976年に故郷の福島県会津に戻り、会津若松市の七日町通りで喫茶点「かちんこ」を営む。
店舗場所:会津若松市大町一丁目の七日町通り沿いに面し、当時建物の1Fに ほっかほっか亭、2Fに「かちんこ」があった。
(現在はNPC24H会津若松大町1丁目パーキングとなっている)。
店名の「かちんこ」は、映画撮影で使われる「カチンコ」に由来する。
店内の雰囲気作りは照明部時代に訪れていた東映東京撮影所入口近くの喫茶店に影響を受けていたと思われる。
店内には当時の会津若松市内の主要映画館5館と提携して、上映中の映画をポスターにてプロモーションし、映画館ごとの各種チケット販売にも対応していた。話し好きな渡部敏弘が映画を様々な角度から面白く語るため、特に映画に興味の無かった常連客がいつの間にか映画ファンになっていたり、映画好きの常連客は食事やコーヒータイムついでに来店し、映画情報を得て前売り券や招待券を購入後、映画館へ行くスタイルなども確立しており、衰退する会津若松市内の映画館ブームシーンを支える一面もあった。
物珍しい映画撮影にまつわるマニアックな照明機材や関連するアクセサリー類なども飾られており、老若男女問わず映画好きが集まる交流の場所としても知られていた。それ故に会津の遠方から来店する常連客や映画芸能メディア業界を目指す学生が只見線・会津線・会津バスの終電間際まで立ち寄ることも多かった。
チーズと玉葱をふんだんに使い、ピーマンとサラミが乗った厚みのある10インチのシンプルな手作りピザが一番人気で、次いでハンバーグ、カレー、キャベツのホットドッグ、パスタ、サンドイッチが看板メニューであった。近隣の常連からはピザのテイクアウトも多かった。本人いわく照明部時代の地方ロケで食べたご当地メシが舌を肥えさせたとも語っており、そういった背景が味付けにも影響していたと思われる。また当時の会津若松市内の喫茶店では珍しい水出しコーヒーも提供していた。
当時20mほど隣には若松松竹劇場(映画館1981年閉館)があり、人気映画が上映期間中の休日は本番上映前後に観客の来店もあり混み合っていた。また松竹劇場の支配人を始めとする従業員も頻繁に来店していた。支配人と従業員とも仲が良く、本人も隙あらば松竹劇場へしょっちゅう遊びに行っていた。松竹劇場のバックヤードとなる事務所と黒幕に覆われたフィルム室は、まさに昭和ならではの汗と埃の匂いが絶妙に漂う小劇場のような裏方感があり、きっと本人は照明部時代の撮影現場を思い起こすような残像感を呼び戻す居場所としても訪問していたように思う。支配人とは福島県民放局での映画評論番組に共演した事もある。
かちんこ店内のBGMはラジオ福島ほぼ一択。好きな巨人戦ナイター中継が始まると幾分ボリュームが上がっていた時もあった。
※現在は閉店。