瀬尾脩
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1953年、日本大学芸術学部中退。その後、東映東京撮影所(現・東映テレビ・プロダクション)に入社。入社後に撮影助手を務め、劇場映画のBカメラを多く担当しており、白黒作品における、東映マーク出現のオープニングの撮影もしている。
1974年、東映企画プロモーションに移り、撮影技師は一時休業する。
1981年、復帰。その後は宇宙刑事シリーズおよびメタルヒーローシリーズに参加。『特捜エクシードラフト』中盤からは「浄空」名義で参加し、1996年の『ビーファイターカブト』41話「ルール無用頂上決戦」を持って後進に道を譲った。
2014年5月15日、死去[2]。告別式に参列した妹尾青洸は、通夜には東映東京撮影所から2台のロケバスがチャーターされたと証言している[1]。