七日町通り
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歴史
→「七日町 (会津若松市)」も参照
江戸時代には越後街道の経路で、米沢街道、下野街道も経由しており、問屋、旅龍などが存在していた[1][2]。特に旅籠の数は多く、明治時代初期まで30軒の旅籠があったとされる[1]。七日町の名は、毎月七の日に市が立っていたことからとされる。
その後、1934年には通りの西に七日町駅が設置された[1]ほか、昭和時代後半には、国道49号の一部であり、自動車交通の発展により交通量の増加が見られた。これを受けて、現在の国道49号である若松バイパスの整備が行われ、現在は国道252号の経路となっている[3]。
観光資源としての町並みの活用
1994年3月、歴史的建造物等を活かした商店街の再生等を目的とした任意機関、七日町通りまちなみ評議会が発足した。沿道にはレオ氏郷南蛮館や洋館、白木屋資料館、阿弥陀寺御三階などが存在しており、評議会ではこれらを活かした商店街の活性化を図っている[2]。また、2002年には只見線七日町駅の駅舎が改修され、アンテナショップなど役割も備えた「駅Cafe.」がオープンしている[1]ほか、会津若松市内で運転される観光向けのバス、「ハイカラさん」、「あかべぇ」も七日町通りを経由する[4]。
