宮城県伊具郡角田町(現在の角田市)に宮城商業銀行頭取湯村保治の二男として生まれる。1916年(大正5年)に東京帝国大学法科大学独法科を卒業し、翌年に高等文官試験に合格した。1918年(大正7年)に朝鮮総督府試補となり、道事務官、総督官房会計課長、土地改良課長事務取扱、土地改良部開墾課長を歴任し、1927年(昭和2年)に欧米各国に出張した。帰国後、忠清北道内務部長、殖産局農務課長、農林局農務課長、同農産課長を経て、1935年(昭和10年)に咸鏡南道知事となった。さらに京畿道知事を経て、1937年(昭和12年)に農林局長に就任した。
1941年(昭和16年)に退官した後は、朝鮮蚕糸株式会社社長、国民総力朝鮮連盟常務理事を務めた。