満富俊美 From Wikipedia, the free encyclopedia 満富 俊美(みつとみ としみ、1903年〈明治36年〉3月6日[1] - 没年不明)は、大正から昭和時代前期の台湾総督府官僚。公吏。陸軍司政官。 宮崎県出身[1]。1920年(大正9年)3月、宮崎県立宮崎農学校を卒業後、農業補習学校代用教員となる[1]。1921年(大正10年)3月、東京市大森区署雇に転じ、1928年(昭和3年)10月、高等試験行政科に合格すると翌年渡台し、台湾総督府殖産局特産課勤務となる[1]。ついで交通局副参事を経て、1934年(昭和9年)9月に地方理事官に進み、台中州大甲郡守に就任[1]。その後は内務局地方課勤務、内務局防空課長、台中州警察部長を経て、1943年(昭和18年)2月、陸軍司政官に任ぜられた[1][2]。 戦後は、宮崎県電気部長を歴任した[3]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 興南新聞社 1943, 384頁. ↑ 帝国秘密探偵社 1943, 海外26頁. ↑ 朝日通信社 1951, 536頁. 参考文献 興南新聞社 編『台湾人士鑑』呂霊石、1943年。http://mhdb.mh.sinica.edu.tw/mhpeople/bookImage.php?book=TX。 帝国秘密探偵社 編『大衆人事録 第14版 外地・満支・海外篇』帝国秘密探偵社、1943年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1230025。 朝日通信社 編『新日本名士録』朝日通信社、1951年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3017466。 Related Articles