満福寺 (神戸市長田区)
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平清盛が創建した寺であると伝えられている。平清盛は厳島神社に参詣する途中に、この寺の付近で上陸して陸路で向かって行ったと伝えられている。この寺のあたりの一帯は福原と呼ばれ、福原荘発祥の地と言われている[2]。
1534年に創建。本尊は薬師如来。福原西国三十三観音霊場第五番[3]。
元は真言宗の寺であったが、1872年に曹洞宗となる。1875年に廃仏毀釈で廃寺となった付近の2つの寺の本尊を移す[4]。
1928年に外壁が築かれ、その形が亀の甲に似ていることから、この寺は市民には亀の甲寺と呼ばれるようになった。外壁の石は木曽川より運ばれた自然石であった[5]。
境内には阪神・淡路大震災の慰霊碑が建立されている。震災では各地が大きな被害を受けていたものの、この寺とその周辺は奇跡的に被害を受けていなかったということから建立した[6]。
満福寺が建っている地区は、阪神・淡路大震災では9割の建物が全壊して全焼して約100人が死亡していた。火の手は寺に迫ったが、それを押し戻すかのように突風が吹き難を逃れていた。寺の塀はあのときの火で黒く煤けている[7]。
阪神・淡路大震災の直後は寺の周辺は火の海になっていた。後に住職となる人物は当時は県外に在住し、ボランティアとして神戸に入っていた。満福寺では毎朝6時に鐘をついているのだが、阪神・淡路大震災の1月17日だけは5時46分についている[8]。
脚注
- ↑ “曹洞禅ナビ”. 曹洞禅ナビ. 2026年3月31日閲覧。
- ↑ “平清盛と源平合戦関連文化財群 調査票”. 2026年3月31日閲覧。
- ↑ “海運山 満福寺 - 神戸市/兵庫県 | Omairi(おまいり)”. Omairi. 2026年3月31日閲覧。
- ↑ “神社がいいね・お寺がいいね|神社やお寺の情報量No.1サイト 海運山 満福寺(亀の甲寺)の情報はこちら”. 御朱印集めには 神社がいいね・お寺がいいね/神社・お寺検索No.1. 2026年3月31日閲覧。
- ↑ “宗派・由来”. manpukuji-nagata.com (2022年2月28日). 2026年3月31日閲覧。
- ↑ “満福寺 - 消防防災博物館”. 消防防災博物館 - (2015年3月18日). 2026年3月31日閲覧。
- ↑ “(3)大火の犠牲〝語る〟痕跡|震災16年目|阪神・淡路大震災|連載・特集|神戸新聞NEXT” (Japanese). www.kobe-np.co.jp (2011年1月14日). 2026年3月31日閲覧。
- ↑ “阪神・淡路大震災30年ドキュメント 被災地の「1.17」” (Japanese). 神戸新聞NEXT (2025年1月17日). 2026年3月31日閲覧。