源義業 平安時代後期の武将。常陸源氏の祖。実質的な佐竹氏初代。源義光の嫡男。使、文、左衛門尉、相模介、従五位下。子に進士行義(源行義)、義仲(式部丞)、證玄(源尊) From Wikipedia, the free encyclopedia 源 義業(みなもと の よしなり)は、平安時代後期の武将。実質的な佐竹氏初代。佐竹義業とも呼ばれるが、本人が佐竹姓を名乗ったことはない。 時代 平安時代後期生誕 治暦3年(1067年)死没 長承2年2月27日(1133年4月4日)改名 義成(初名)→義業概要 凡例源 義業, 時代 ... 凡例源 義業時代 平安時代後期生誕 治暦3年(1067年)死没 長承2年2月27日(1133年4月4日)改名 義成(初名)→義業別名 佐竹義業、進士判官、刑部太郎戒名 興因寺殿傑山源英大禅門[1]官位 左衛門尉、相模介、従五位下氏族 河内源氏、常陸源氏父母 父:源義光、母:吉田清幹の娘兄弟 義業、実光、義清、盛義、親義、祐義、覚義妻 吉田清幹の娘(平成幹の妹)子 佐竹昌義、山本義定[2]、交野行義(進士次郎)、義仲、證玄(源尊)テンプレートを表示閉じる 略歴 治暦3年(1067年)、源義光の嫡男として誕生。初名は義成と称した。 寛治元年(1087年)、父・義光が後三年の役に参戦し、官職を解任される。嘉承元年(1106年)、父と共に従兄・源義国と関東において合戦をする。天仁2年(1109年)、義兄・鹿島三郎成幹が源氏の棟梁で従兄・源義忠を暗殺する。 長承2年(1133年)、病没。父・義光を助け、源義光流の発展に寄与した。 常陸源氏の創生 義業がこの地に勢力を据えることができた理由は、母及び彼の室がこの地の有力豪族、常陸平氏の吉田清幹(成幹の父)の娘であったことによる。義業と清幹の娘との間に生まれた昌義が佐竹氏の初代となる。 佐竹氏の由来は常陸国久慈郡佐竹郷[3]に本拠を構えたことによる。 脚注 [脚注の使い方] [1]山梨県立図書館『甲斐国社記・寺記 第三巻』山梨県立図書館、1966年、41頁。 [2]山本義経の父。 [3]現在の茨城県常陸太田市。 参考文献 洞院公定 著、今泉定介 編『尊卑分脈』吉川弘文館、東京〈故実叢書〉、1899年。 NCID BN12488942。 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks