源重宗 From Wikipedia, the free encyclopedia 源 重宗(みなもと の しげむね、生没年不詳)は、平安時代後期の武将。駿河守源定宗(満政の嫡男・忠重の子)の子。母は大納言藤原斉信女。官位は従五位下、佐渡守(『尊卑分脈』)。八島氏(羽島氏)の祖。 時代 平安時代後期生誕 不詳死没 不詳別名 八島重宗(はしましげむね)概要 凡例源 重宗, 時代 ... 凡例源 重宗時代 平安時代後期生誕 不詳死没 不詳別名 八島重宗(はしましげむね)官位 従五位下、右兵衛尉、佐渡守氏族 清和源氏満政流(美濃源氏)父母 父:源定宗、母:藤原斉信女妻 若狭守源守忠女子 重実、木田重長、重高、重時、重親テンプレートを表示閉じる 経歴 美濃国方県郡付近を本拠としたものと推測される。承暦3年(1079年)6月、同国多芸郡において源国房(摂津源氏)と合戦を繰り広げたことから朝廷より召還を命ぜられるが、これに従わなかったため右兵衛尉を解任される。その後、源義家(河内源氏)の追討を受け、9月に関白藤原師実に降伏したが、重罪として左獄に下された(『為房卿記』『扶桑略記』)。子の重実、重時は鳥羽院四天王と呼ばれた(『尊卑分脈』)。子孫は八島氏、浦野氏、河辺氏、山田氏、葦敷氏、泉氏、足助氏、木田氏、開田氏らの諸族となり、その勢力は濃尾の間に及んだ。 系譜 父:源定宗 母:藤原斉信女 - 斉信は一条朝四納言の一人で藤原道長の従兄弟。 妻:源守忠女 男子:源重時 - 鳥羽院北面四天王。 生母不明 男子:源重実(佐渡源太) - 号八島。鳥羽院北面四天王。 男子:源重長(木田三郎) - 子孫は木田氏。 男子:源重高(佐渡七郎) 男子:源重親 - 子孫は小島氏。 参考文献 宮崎康充 「古代末期における美濃源氏の動向」(宮内庁書陵部) 藤原公定撰 「清和源氏(上)」『新編纂図本朝尊卑分脈系譜雑類要集』8 (吉川弘文館・国立国会図書館 近代デジタルライブラリー) 関連項目 美濃源氏 Related Articles