方県郡
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歴史
近世以降の沿革
| 知行 | 村数 | 村名 | |
|---|---|---|---|
| 藩領 | 大垣藩 | 1村 | 岩崎村 |
| 磐城平藩(切通陣屋) | 10村 | 中村、下西郷村、小西郷村、西改田村、東改田村、又丸村、川部村、上尻毛村、上曽我屋村、下曽我屋村 | |
| 高富藩 | 6村 | 三田洞村、西粟野村、岩利村、石谷村、今川村、上城田寺村 | |
| 尾張藩 | 3村 | 真福寺村、折立村、志段見村 | |
| 幕府領 | 美濃郡代 | 11村 | 則武村、下土居村、河渡村、下尻毛村、寺田村、木田村、一日市場村、小島村、交人村、古市場村、下鵜飼村 |
| 美濃郡代 大垣藩預地 |
1村 | 黒野村 | |
| 幕府領 藩領 |
美濃郡代 尾張藩 |
1村 | 正木村 |
| 大垣藩預地 高富藩 |
1村 | 雛倉村 | |
| 大垣藩預地 尾張藩 |
1村 | 鷺山村 | |
| 幕府領 旗本領 |
大垣藩預地 前田新八郎 織田主水 植村梅之助 山本内膳 |
1村 | 則松村 |
| 大垣藩預地 芦敷戸田氏 |
1村 | 芦敷村 | |
| 大垣藩預地 松平隼人 |
1村 | 下城田寺村 | |
| 藩領 旗本領 |
磐城平藩 松平隼人 |
1村 | 御望村 |
| 尾張藩 向坂二之丞 |
1村 | 上福光村 | |
| 大垣藩 芦敷戸田氏 織田讃之助 |
1村 | 東粟野村 | |
| 旗本領 | 芦敷戸田氏 前田佐十郎 前田新八郎 |
1村 | 彦坂村 |
| 芦敷戸田氏 織田主水 織田讃之助 |
1村 | 小野村 | |
| 文殊戸田氏 | 2村 | 上西郷村、中西郷村 | |
| 向坂吉次郎 向坂二之丞 |
1村 | 上土居村 | |
| 曽我主水 | 1村 | 打越村 | |
| 青木九十郎 | 1村 | 雄総村 | |
| 織田主水 | 1村 | 椿洞村 佐野村 | |
| 山本内膳 | 1村 | 秋沢村 | |
| 織田讃之助 | 1村 | 村山村 | |
| 旗本領 寺社領 |
芦敷戸田氏 曽我主水 深坂神社 圓成寺 |
1村 | 洞村 |
| 藩領 寺社領 |
尾張藩 崇福寺 |
1村 | 中福光村 |
- 慶応4年
- 明治元年12月7日(1869年1月19日) - 戊辰戦争の処分により磐城平藩が減封。郡内の領地が笠松県の管轄となる。
- 明治初年 - 領地替えにより名古屋藩領の一部(折立村・志段見村・鷲山村・東粟野村)が笠松県の管轄となる。
- 明治4年
- 明治7年(1874年)9月
- 上曽我屋村・下曽我屋村が合併して曽我屋村となる[2]。(53村)
- 中福光村が改称して福光村となる。
- 明治8年(1875年)(48村)
- 明治12年(1879年)2月18日 - 郡区町村編制法の岐阜県での施行により、行政区画としての方県郡が発足。「厚見方県各務郡役所」が厚見郡岐阜町に設置され、同郡および各務郡とともに管轄。
- 明治22年(1889年)7月1日 - 町村制の施行により、河渡村、寺田村、曽我屋村、一日市場村、木田村、下尻毛村、七郷村、中西郷村、上西郷村、小野村、中村、網代村、黒野村、下鵜飼村、御望村、洞村、交人村、今川村、古市場村、折立村、安食村、石谷村、彦坂村、岩利村、佐野村、打越村、上土居村、城田寺村、椿洞村、則武村、正木村、鷺山村、下土居村、粟野村、岩崎村、三田洞村、長良村、福光村、雄総村、志段見村、古津村が発足。それにともない以下の変更が行われる。(41村)
- 明治30年(1897年)4月1日 - 郡制の施行のため、厚見郡・各務郡および方県郡の一部の区域をもって稲葉郡、本巣郡・席田郡および方県郡・大野郡の各一部の区域をもって、改めて本巣郡がそれぞれ発足。同日方県郡廃止。
行政
- 厚見・方県・各務郡長
| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 明治12年(1879年)2月18日 | |||
| 明治30年(1897年)3月31日 | 分割により方県郡廃止 |
