Wikiwand AI

源長季

From Wikipedia, the free encyclopedia

時代 平安時代後期
生誕 不詳
死没 不詳
 
源長季
時代 平安時代後期
生誕 不詳
死没 不詳
官位 従四位上、土佐守
氏族 醍醐源氏高明流
父母 父:源守隆、母:不詳
妻 不詳
子 盛長、長俊、守俊、盛雅、寛厳、仁厳
テンプレートを表示

源 長季(みなもと の ながすえ)は、平安時代後期の貴族。醍醐源氏、左大臣・源高明の曾孫。右馬頭・源守隆の子。官位は従四位上・土佐守。

蔵人左衛門尉(検非違使尉)を経て、後一条朝末の長元8年(1035年) 従五位下に叙せられる。長暦3年(1039年)三河守に任ぜられ受領となった。

のち、右馬頭を経て、後冷泉朝初頭の永承元年(1046年)右衛門権佐に任ぜられるなど、後朱雀朝末から後冷泉朝前半にかけて武官を務める一方、この間に少納言も兼帯している。天喜2年(1054年)備前守に遷ると、備後守・土佐守と後冷泉朝後半から白河朝にかけて長く受領を歴任した。

承暦4年(1080年)11月12日に出家。

人物

摂関家に仕える家司であると共に、朝廷に仕える官人でもあった。地方官として各地の受領を務め、地方の発展に尽くし、盗賊の捕縛などの記録のある人物で、在世中に良吏であると名を馳せたという。

藤原頼通の男色の相手であり、成長しても容姿が損なわれることを防ぐために、元服して髪を結いあげることをしなかったほどであった。しかし、大酒飲みであり、酒のことで寵愛を失ったという(『古事談』)[1]。

官歴

系譜

脚注

参考文献

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks