滋賀秀三
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- 出生から修学期
1921年、山口県岩国町で生まれた。東京で育ち、旧制武蔵高等学校を経て、東京帝国大学法学部に入学。中国法制史を専攻し、石井良助に師事。1943年に法学部を卒業した。卒業後は、戦時下であったが大学院特別研究生に採用された。
- 戦後
1948年、東京大学法学部助教授に就任し、東洋法制史の授業を担当。1959年に同教授に昇格。1962年、学位論文『中国家族法の原理』を東京大学に提出して法学博士号を取得[1]。1969年『中国家族法の原理』(1967年)で日本学士院賞受賞。1982年に東京大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は、分離創設されたばかりの千葉大学教授として教鞭をとり、1987年退任。湘南学園の園長も務めた。
学会では、1994年に日本学士院会員に選出された[2]。会員に選定されてから晩年は、人生最後の仕事として中国における法典編纂の通史および刑罰制度の通史を書き上げた。また、1949年に発足した法制史学会には設立当初から関わり[3]、また日本学術会議の11~13期会員を務めた。
受賞・栄典
- 1969年:『中国家族法の原理』で日本学士院賞を受賞。