滝あきら
漫談家
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来歴・人物
大阪府大阪市(本人談による)の生まれ、生年は1922年とも1924年とも1925年ともいわれる[注釈 1]。滝井健二の門下。西条凡児と比較されることが多く、凡児が毒舌でテレビ・ラジオの世界で売ったのに対して、あきらは吉本興業の舞台旧うめだ花月等で、艶ネタや世相風刺で売った。世間での評価はあまりなかったが、芸人には愛された。楽屋では「ガッツ滝」と呼ばれていた。
1992年2月23日、敗血症で死去。月亭八方の1992年の著書の「吉本芸人大百科」では享年70とある。
亡くなるまで生年をずっと嘘をつき通していた。自身の葬儀の日には[2]親交があった落語家の笑福亭松之助と弟子の明石家さんまが参列した際、さんまは松之助は勿論親交があったから泣き崩れているだろうと思いこんでいた矢先、急にかなりの剣幕で松之助に呼ばれて何事かと思ったら「あの滝のおっさん、歳ごまかしけつとったんや!」と愚痴られた。
かつらをかぶっていた事で知られる。亡くなる何週間か前に生放送のラジオに出演し、今田耕司、雨上がり決死隊と共演した際、バレそうなぐらい、頭が2つあるかのようににかつらが浮いていた。その際宮迫から「師匠ちょっと色んな意味で浮かれすぎですよ?」という半ば皮肉めいたジョークを滝に行った際、思わずかつらのメーカーの値段を口にしようとした滝に対し、全員で「ワーッ!!!」と大声を出して胡麻化したというエピソードがある。
1989年11月3日に放送された晴れ時々たかじん1×20 AB型タレント20人に出演しており、血液型はAB型と思われる。