漫画研究会
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歴史
アマチュア漫画家による漫画研究会の登場
1947年に少年漫画誌『漫画少年』が登場し、その漫画誌への投稿者を中心に子供による漫画研究会が多数発足した。
1950年、辰巳ヨシヒロが京都で『子供漫画研究会』を結成し、その研究会の回覧誌『漫画の明星』を創刊[5]、次いで1951年にその辰巳ヨシヒロが大阪において『全日本子供漫画研究会』を結成する[6]。
1950年代初頭には石ノ森章太郎が宮城県において東日本漫画研究会を結成し、1953年にその研究会の同人誌『墨汁一滴』を創刊する。
そのほか、松本零士の『九州児童漫画研究会』、保木国浩の『中部日本児童漫画研究会』も登場した[7]。九州児童漫画研究会は手塚治虫が福岡に来た際にそのアシスタントをしたとされる[8][9]。
大学における漫画研究会の登場
1955年前後には大学においても漫画研究会が結成されるようになった[10]。これには例えば1954年に発足した明治大学漫画研究会、早稲田大学漫画研究会などがあり、次いで1955年にはそれらの漫画研究会を繋ぐ『大学漫画研究会連盟』も発足した[11][12]。大学の漫画研究会出身の漫画家は当初ユーモアやナンセンス作家が多かったものの、だんだん劇画やストーリー作家が増えていったとされる[13]。
1975年にコミックマーケットが開催された際は参加サークルの半分近くが学漫となっており[4]、そこには東海大学漫画研究会、日本女子大学漫画研究会、お茶の水女子大漫画研究会、和光大学漫画研究会が参加していたとされる[14]。
関連イベント
- コミックマーケット(学漫ジャンル)
- 全国高等学校漫画選手権大会〜まんが甲子園〜(高知県などが主催)
- 少年サンデー 漫研漫画賞[15]
漫画研究会を舞台とした作品
☆はアニメ化された作品。
- 石ノ森章太郎『まんが研究会』(1976年、マンガくん)[16]
- 佐々木倫子『コミック・フェスティバル』[注 1](1980年、花とゆめ) - 北海道教育大学の漫画研究会「カデューシャス」が舞台[17]。
- 佐々木倫子『降誕祭ミステリー』(1982年、花とゆめ) - 同上[17]。
- 広瀬けいた『私立樋渡高校COMICS』(1996年 - 1998年・2000年 - 2001年、月刊少年エース)
- 阿部川キネコ『辣韮の皮〜萌えろ!杜の宮高校漫画研究部〜』[18](2000年 - 2009年、コミックガム)
- きづきあきら『ヨイコノミライ!』[19](2003年 - 2006年、COMIC SEED!→書き下ろし)
- うおなてれぴん『まん研』(2006年 - 2009年、まんがタイムきららMAX)
- 榊『CIRCLEさーくる』(2007年 - 2012年、まんがタイムきららキャラット)
- ちょぼらうにょぽみ『あいまいみー』[20](2009年 - 2021年、まんがライフWIN)☆
- 加瀬大輝『マンけん。』[21](2011年 - 2014年、月刊サンデーGX)
- あずまの章(原作)、島陰涙亜(漫画)他『春日坂高校漫画研究部』(2016年 - 2017年、月刊コミックジーン)
- 九郎『わたしのために脱ぎなさいっ!』(2018年 - 、コミックキューン)
- 轍平『漫研に美少女』[22](2020年、少年ジャンプ+)
- とよ田みのる『これ描いて死ね』[23](2021年 - 、ゲッサン)☆
- ぎんもく『沖浪荘202号の漫研部』(2024年 - 2026年、まんがタイムオリジナル[24]) - 社会人サークルもの。